2008-09

キャンプイン・エジプト

世界のダイバー憧れの地RED SEA(紅海)!!
残念な事に、ここ3、4日海が荒れ気味のため潜れるポイントが限定されてくる!
潜りたいポイントに行けない!!

穏やかな海域に行きシュノーケリングなんかしたりもするが、
潜れないとなると、みんな宿でネットをしたり、
マンガを読んだり、バックギャモンや麻雀・・・

うぅ〜不健康すぎる・・・

と思ったら、誰かが宿のDVDの中から健康的なものを発見♪
なんとブートキャンプ!!
エジプトの果てでまさかこんな物があるとわ!
早速、体の鈍った数名のダイバーの皆さんがキャンプイン!
ナナも参加することに(笑)
▼最初のストレッチの段階でも厳しそう!!
キャンプ01

▼疲れた時にはビリー先生が励ましてくれる!!
キャンプ03

▼TVショッピングで見たのと同じだ♪
キャンプ02

ビリー先生の励ましも虚しくここ最近で軟弱になったダイバー達
には厳しかったようで一人脱落、二人脱落と
プログラムを半分すぎたところで終了。

さて、キャンプ2日目は開催されるのだろうか?
っていうか潜れるんだろうか??

でも、誰がエジプトまでわざわざ持ってきたんだ?

ウィーン◆その1(2008,4/23〜26)

●オペラでびゅ〜う♪
ショパン・ベートーベンも活躍した音楽の都ウィーンに着いた。
ウィーンフィルなどの有名なオーケストラもあるが、今回はオペラを見に行ってきた。

オーケストラと同じくオペラも人生初だ。
ウィーン国立歌劇場に行ってきた。
このウィーン国立歌劇場、スター歌手を揃え、
その上演奏するのはウィーン国立歌劇場管弦楽団で
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の母体である。
そして、現在の音楽総監督は小澤征爾である。
とにかく世界でも最高峰のオペラ劇場だ。
そんなすごい劇場でオペラデビュー♪
▼見た目もすごい!
ウィーン000

ほぼ毎日公演が行われてると聞いていたので今回も当日券作戦!!
プラハから移動してきた日の夕方にオペラ劇場に
行ってみると当日券売り場にはすでに人が並び始めていた。
▼本日の演目は『La traviata(椿姫)』
ウィーン002

僕達もその列に並び約30分後にはチケットをゲット♪
で早足で自分たちの指定エリアに向かう

立見席なんでいい場所は早い者勝ちなのだ。
立見席に着くとみんな自分たちの場所を一度確保し、
その場所にハンカチやスカーフなどをくぐりつけて場所取りをする!

僕達もなかなかいい場所を確保し目印になるものを
くぐりつけオペラ劇場内を見学♪

ベルリンフィルとは違いかなり大人の社交場という感じでみんなドレスアップをしている。
立見の席に来ている人の中にもちゃんとジャケットを着ている紳士なんかもいる!
僕達は相変わらずジーパンそして少しがんばりVネックのセーター・・・
▼そんな格好でもひるまずメインエントランスで♪
ウィーン001

▼映画のセットのような内装!
ウィーン003

▼昔は宮殿歌劇場と呼ばれてるだけある。
ウィーン004

皆さんワインやシャンパンなんかを飲んだりしながら開演を待つ。
▼ベルリンフィルで味わったのと同じ感動を期待しテンションが上がる。
ウィーン005

セリフはドイツ語?
ま〜ほぼ同じなんでどっちでもいいが全く分からない・・・
でも手元に英語の字幕が表示される。
最初は頑張って英語の字幕を見ながら見ていたが、
すぐに分からない単語が多々出てくるし、英語の長文問題を解いてるみたいで疲れる・・・
それと体力的にもしんどい!
公演時間は約2時間半間に一度休憩はあるが結構しんどい
▼終わった時はけっこうヘロヘロになっていた・・・・
ウィーン006

でも、一番痛かったのが上演内容の予習ができていなかった事!
ネットで調べてから行けばよかったが、時間がなかったので何が上演されるのかも知らなかった。
英語の字幕を追うのでは限界があり何となく意味は分ったが・・・

そして、オーケストラの時はすんなり入り込めたが
オペラは僕の貧相な感性にはイマイチマッチしなかったような気が・・・

プラハ◆その2(2008,4/21〜23)

春の訪れ間近と思いきやまた冬の寒さに
東欧では人気の都市プラハだが・・・
正直印象が薄いプラハ。
ここでも長期旅行の弊害が、中世の素敵な街並みに飽きてきている。
ここも他のヨーロッパの他の都市と同じく
旧市街があり丘の上には城が、そしてそれらが世界遺産に登録されている。

●旧市街広場
プラハの街の中心
▼中世の素敵な街並み
プラハ018

広場のテラスでツーリストも地元の人も世界でも最高のビールを飲んでる。
▼で僕達もピルスナー・ウルケルで乾杯
プラハ003

●天文時計
旧市街広場にある15世紀に造られた時計。
この時計出来が素晴らしかったため他の街に
同じ時計ができるのを嫌がった当時のプラハ議会が
同じ時計が二度と作れないように製作者の目を潰したそうだ・・・
▼ほんとに複雑な時計
プラハ002

毎正時ちょうどにキリストの12使途が上部の上の窓に現れる。
▼はっきりいって不気味・・・
プラハ004

●カレル橋
プラハ最古の石橋で1357年から60年もかけて造られた。
橋には聖人やプラハの英雄など30体の銅像が建っている。
▼旧市街と城を結ぶ橋だ
プラハ005

▼ザビエルの銅像もある。支える人の中に東洋人の姿も
プラハ006

●プラハ城
プラハ城はプラハの街を一望できる丘の上に建っている。
広大な敷地には宮殿・王宮・教会・修道院・美術館・博物館がある。
▼旧市街からのプラハ城
プラハ019

それぞれチケットを購入してはいらないといけない。
一番の見所は聖ヴィート大聖堂で他の王宮などはあまり興味がなかった。
インフォメーションで大聖堂が見れる共通券を教えてもらい一番安い共通券を買った。
確かにこの共通券で大聖堂は見れたが、実は大聖堂は無料だった・・・
共通券なんか買わなくても大聖堂は見れたのだ!
ま〜それでもせっかく他の場所も見れるんだからと共通券で
入れる場所に行ったのだがかなりしょぼかった・・・・
◆衛兵の交代
たまたまプラハ城の入り口で衛兵の交代があった。
結構よかった。
▼いきなり2階の窓があいて、音楽隊が登場
プラハ007

▼寒いのに大変だ
プラハ008

◆聖ヴィート大聖堂
プラハのゴシック建築の最高傑作だそうだ。
内部にはすっばらしいステンドグラスがたくさんる。
その中にはミュシャの作品もある。
▼旧市街からでも見える大きな建物
プラハ009

▼教会内部
プラハ010

▼ミュシャのステンドグラス
プラハ011

▼ミュシャの作品以外すっばらしい!
プラハ012

大聖堂以外の共通券で入れる場所はどれもイマイチパッとしなかったので省略

●チェコのビール
チェコは実はビール大国!!
現在日本をはじめ世界ので飲まれてるビールのほとんどはピルスナースタイルのビールだ。
そんなピルスナービールの元祖がこのピルスナー・ウルケルだ。
▼味の分からない僕でも違いがわかります。うまいっ!!
プラハ015

で、もう一つ有名なのがバドワイザー
世界的に有名なアメリカのバドワイザーって,実は偽物だ!!
元祖バドワイザーはチェコで作られてた。
それをアメリカでドイツ系移民が真似をして造り始めたのが
日本で知られているバドワイザーだ。
宿で本家の味を味わうことに!!
▼これ又おいしい!!アメリカは何を真似て作ったんだろう?
プラハ016

足早にチェコともお別れ、心残りはもっとビールを堪能したかった!!!
地方の街にも行きたかったが、再び物価が上がってきた東欧で
のんびりできずオーストリア・ウィーンへ!!
▼移動日に春が訪れた・・・ウィーンへのバスの中から
プラハ017


プラハ◆その1(2008,4/21〜23)

●シェンゲンビザ
皆さんシェンゲン協定ってご存知でしょうか?

シェンゲン協定とはヨーロッパ各国において、
共通の出入国管理政策及び国境システムを可能にする取り決めだ。

現在アイルランドとイギリスを除く全てのEU加盟国及び、
非加盟のアイスランド、ノルウェーとスイスの計28ヶ国が協定に調印し、
そのうち24ヶ国が施行している。。

シェンゲン協定加盟国間の国境検問所は撤去されており、
共通のシェンゲンビザ(査証)により各国への入国ができる。
▼シェンゲン協定実施国
シェンゲン

加盟国外の人間がシェンゲン協定国に入る場合は査証が必要です。
一般的にシェンゲンビザと呼ばれている。

『えっ??』
『私、パリに行った時いらなかったよ!!』
『俺も仕事でベルリンに行った時いらなかったぞ!!』

その通り
通常の旅行では、入国時に普通にスタンプが押されるだけなんで気付かないはず!
日本をはじめアメリカやカナダ国民はビザがが免除されているからだ。


但し、このビザ免除での滞在期間は最初に入国した日から
数えて180日の間で、最大90日間の滞在までだ。

僕達の場合最初に入国したギリシャから日数が加算され、
一度モロッコに脱出するも、それまで滞在した日数は
そのままで再びスペインに戻ると加算されていく。

で、ギリシャからの日数を計算すると・・・
どうやらこのポーランド・チェコ辺りりで滞在日数が
3ヶ月を超えてるようで・・・ということは僕達は不法滞在・・・・

シェンゲン協定国内にいれば、通常ボーダーでの検査はないので
バレない筈なんですが、たまにボーダーで抜き打ち検査なんかががある。

ビビりながらのクラコフからチェコ・プラハへの列車移動。
▼国際列車でプラハへ
シェンゲン001

列車なんでスムーズに移動と思いきや国境の駅でチェコの
ポリスマン達が乗り込んできた!

表面上は冷静を装ってパスポートをポリスに渡す。

何故か1ページずつ丁寧に見てる・・・
いくつか質問されて、最後の質問が

ポリス『出身国は?』
よ〜じ『はっ??』

お前、今まで丁寧にパスポート見て色々質問して、なんだその最後の質問は??
パスポートにJAPANって、でかでかと書いてるじゃないか!!
馬鹿か?と思いながらも、そんなことはもちろん言わず
『JAPAN』と答えてあっさりパスポート返還。

こんなバカな質問するポリスが滞在日数を
数えられるわけもなく問題なくプラハに着いた。

あ〜ビビって損した。

アウシュビッツ強制収容所(2008,4/20)

ナチス時代に造られた強制収容所の中で最大級の惨劇が
生まれたとされている強制収容所アウシュビッツ。

一般的にアウシュビッツと呼ばれている収容所は第一〜第三まである。
この中で僕達は第一収容所と第二収容所と呼ばれているビルケナウ収容所を訪れた。

このアウシュビッツでの死者数は50万とも800万とも言われている。
そのほとんどがユダヤ人だが、その他にジプシーや政治犯、障害者、聖職者、
同性愛者、捕虜そしてそれらの人をかくまった人たちと、その出身国は28に及ぶ。

●第一収容所
アウシュビッツ全体を管理する施設が置かれたり、最初のガス室などが作られたりした。
この第一収容所はソ連兵捕虜、ドイツ人犯罪者や同性愛者、ポーランド人政治犯が主となっており、
▼有名な入り口『働けば自由になる』の文字。途中のBが逆さまになっている。
アウシュビッツ001

▼収容施設
アウシュビッツ002

▼最初のガス室を復元した建物
アウシュビッツ003

第一収容所の展示にはチクロンBと呼ばれる毒ガスに使用された薬品の展示や
生々しいものでは、死亡したユダヤ人の髪毛がありこの髪毛を使い
絨毯などを作っていた・・・・

●ビルケナウ収容所(第二収容所)
第一収容所を補うために造られた収容所。
収容者のほとんどがユダヤ人で、この収容所が映画や本で語られている
大量虐殺の舞台になったところだ。
▼死の門と呼ばれている列車の引込線
アウシュビッツ004

▼死の門の上からの収容施設
アウシュビッツ005

▼塀と見張小屋
アウシュビッツ008

▼収容施設
アウシュビッツ006

▼収容施設内 ほんとに豚小屋以下だ・・・・
アウシュビッツ007

▼毒ガス施設跡。ドイツ軍が撤退時に破壊していった。
アウシュビッツ090

この旅行で会った台湾の旅行者に言われた。
『あんな悲しいものをわざわざ見に行ってどうするんだ?』
一般的な答えだと
『人間が犯した過去の過ちと対峙して、再び同じ過ちを犯さないようにと・・・』
と、もっともらしい答えが浮かんでくる。

しかしホントか??
もっともらしい理由をつけて過去の悲劇を楽しみに行ってないだろうか?
これまでも悲劇の度合いが大きければ大きいほど興味が湧いてくる自分。
ただの野次馬と同じだ・・・
わざわざこんなところまで過去の悲劇を見に来たのかと、自分が醜く感じる。

そんな馬鹿な自分にはアウシュビッツは重かった。
負の遺産はもうお腹いっぱいだ・・・・
こんなに心が重くなったのはカンボジアのキリングフィールド以来だった。

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プロフィール

よ〜じ&ナナ

Author:よ〜じ&ナナ
2007年6月から
世界一周の旅に出てます。

現在地 9/1
エジプト・ダハブ
今日からぼちぼち
ダイビング開始♪

旅した国・地域
中国・チベット・ネパール
インド・UAE・トルコ
ギリシャ・イタリア
バチカン・スペイン・モロッコ
ポルトガル・フランス
ベルギー・オランダ・ドイツ
フィンランド・エストニア
ラトヴィア・リトアニア
ポーランド・チェコ
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