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アウシュビッツ強制収容所(2008,4/20)

ナチス時代に造られた強制収容所の中で最大級の惨劇が
生まれたとされている強制収容所アウシュビッツ。

一般的にアウシュビッツと呼ばれている収容所は第一~第三まである。
この中で僕達は第一収容所と第二収容所と呼ばれているビルケナウ収容所を訪れた。

このアウシュビッツでの死者数は50万とも800万とも言われている。
そのほとんどがユダヤ人だが、その他にジプシーや政治犯、障害者、聖職者、
同性愛者、捕虜そしてそれらの人をかくまった人たちと、その出身国は28に及ぶ。

●第一収容所
アウシュビッツ全体を管理する施設が置かれたり、最初のガス室などが作られたりした。
この第一収容所はソ連兵捕虜、ドイツ人犯罪者や同性愛者、ポーランド人政治犯が主となっており、
▼有名な入り口『働けば自由になる』の文字。途中のBが逆さまになっている。
アウシュビッツ001

▼収容施設
アウシュビッツ002

▼最初のガス室を復元した建物
アウシュビッツ003

第一収容所の展示にはチクロンBと呼ばれる毒ガスに使用された薬品の展示や
生々しいものでは、死亡したユダヤ人の髪毛がありこの髪毛を使い
絨毯などを作っていた・・・・

●ビルケナウ収容所(第二収容所)
第一収容所を補うために造られた収容所。
収容者のほとんどがユダヤ人で、この収容所が映画や本で語られている
大量虐殺の舞台になったところだ。
▼死の門と呼ばれている列車の引込線
アウシュビッツ004

▼死の門の上からの収容施設
アウシュビッツ005

▼塀と見張小屋
アウシュビッツ008

▼収容施設
アウシュビッツ006

▼収容施設内 ほんとに豚小屋以下だ・・・・
アウシュビッツ007

▼毒ガス施設跡。ドイツ軍が撤退時に破壊していった。
アウシュビッツ090

この旅行で会った台湾の旅行者に言われた。
『あんな悲しいものをわざわざ見に行ってどうするんだ?』
一般的な答えだと
『人間が犯した過去の過ちと対峙して、再び同じ過ちを犯さないようにと・・・』
と、もっともらしい答えが浮かんでくる。

しかしホントか??
もっともらしい理由をつけて過去の悲劇を楽しみに行ってないだろうか?
これまでも悲劇の度合いが大きければ大きいほど興味が湧いてくる自分。
ただの野次馬と同じだ・・・
わざわざこんなところまで過去の悲劇を見に来たのかと、自分が醜く感じる。

そんな馬鹿な自分にはアウシュビッツは重かった。
負の遺産はもうお腹いっぱいだ・・・・
こんなに心が重くなったのはカンボジアのキリングフィールド以来だった。

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クラクフ(2008,4/19~21)

17世紀までポーランドの首都だったクラクフ。
駅前は綺麗に整備されていて旧市街は落ち着いた雰囲気が漂う。
ワルシャワと同じ国の街とは思えない!
ポーランドは首都をクラクフに戻した方がいいんじゃないのだろうか?
滞在中に近郊のアウシュビッツにも日帰りで行ってきた。

●ヴァヴェル城
歴代ポーランド王の居城として使用されていた。
▼川沿いから見たヴァヴェル城
クラコフ001

▼シンクロ
クラコフ002

▼城内にある大聖堂
クラコフ003

▼旧王宮
クラコフ004

▼クラコクフには春の匂いが♪
クラコフ005

●旧市街
中世から街並みが変らず残っおり世界遺産にも登録されている。
◆織物取引所
織物取引所はその名の通り、ここで布地の取引が行われていた。
旧市街の広場の真ん中に建っている。
▼現在は一階部分に土産物屋が並んでいるが現在一部修復中
クラコフ006

◆旧市庁舎
以前は市庁舎があったが取壊されこの塔だけが残った。
クラコフ007

◆聖マリア教会
旧市街の広場に建つ教会外観もかっこよく内部も雰囲気があり良い♪
週末なので結婚式が行われていた。
▼レンガ造りが渋い
クラコフ013

▼こんなところで式を挙げるれるってすごい
クラコフ009

▼この祭壇はヨーロッパで2番目の大きさの木造彫刻らしい
クラコフ010

▼内装も豪華
クラコフ011

この教会の鐘楼では毎時ちょうどにラッパを吹く。
しかし、このラッパの演奏は曲の途中で突然終わる。
理由はクラクフにモンゴル軍が攻め込んできたときに
ラッパ手が警告の為にラッパを吹いたが途中で矢で射たれて
最後まで吹くことができなかった。
そのためラッパ手を慎むために途中で演奏をやめることになったそうだ。
▼こんな感じでラッパを吹いている時に・・・
クラコフ012

クラクフの街は雰囲気がいい。
訪れる前から落ち着いた街でいいとは聞いていたがホントに感じがよい。
駅前のショピングモールにはカルフールも入ってるし!!
しかし、次のプラハ行きの列車のチケットを取ってしまっていたため強制的に移動。
あ~なんでこうも居心地のいい場所はすぐに移動しないとだめなのか・・・

ワルシャワ(2008,4/17~19)

おも~い雰囲気漂うワルシャワ・・・・

霧雨が降る中ワルシャワに到着。
空もどんより、街も社会主義時代のばかでかい
のっぺらした建物が並び空気が重い・・・
▼無駄にでかい建物ばかり
ワルシャワ0105

▼駅も無駄にでかい
ワルシャワ0102

バルト三国の方が垢抜けた感じがした。
ワルシャワの街は陰気な感じがする。

先に言うとワルシャワは、この旅で初めて
寄らなくてもよかったと思った街になった。
訪れる前から僕達の興味を引く見所もなかったし、
訪れてからもそれは変わらなかった。
唯一期待した世界遺産に登録されている旧市街も・・・
人生でニ度と訪れることが無い街だろう。

●文化科学宮殿
1952年にスターリンからの贈り物として建設された社会主義時代の象徴。
中にはTV局や劇場や各種研究施設などが入っている。
ワルシャワの人にも評判が悪く『ソ連が建てたワルシャワの墓標』
と呼ばれたりもしている。
▼ワルシャワのランドマークタワー
ワルシャワ0101

●聖十字架教会
何の変哲もない教会だがショパンの心臓が埋葬さている。
ワルシャワ0103

●王宮広場
旧市街地入り口にある広場
ワルシャワ0104

●旧市街地
第2次世界大戦時に徹底的に破壊されたが、
破壊される前と全く同じ状態に復元された。

全く同じ状態に復元する技術や情熱、努力
といったものには敬意を払うが、はっきり言ってしょぼい・・・
元あった広場がしょぼいのだろう。
復元されたものなので歴史は感じれないし、
これぐらいの中世の建築物ならヨーロッパのどの街にもある。
▼広場には破壊された当時の写真が展示されている。
ワルシャワ0106

▼復元された広場。確かに復元するのはすごいが・・・
ワルシャワ0108

▼一回はカフェと土産物屋ばっかりだし・・・
ワルシャワ0107

世界遺産の登録作業をしたワルシャワ工科大学の人も
「復元されたからこそ登録に値する。もしワルシャワ市街が
破壊と復興の歴史がなく、残っていならば登録しようとも思わない」

って言っている。

バルト三国の素敵な旧市街の町並みを見てきたので・・・
ま~レベル的にはハウステンボス級かな??
プロフィール

よ~じ&ナナ

Author:よ~じ&ナナ
2007年6月1日から
2009年9月17日まで
世界一周の旅に出ていました。

現在地 2015/08/29
日本・高松
転勤で四国に移動!
四国での生活を満喫中♪

旅した国◆67カ国
中国・ネパール
インド・UAE・トルコ
ギリシャ・イタリア
バチカン・スペイン・モロッコ
ポルトガル・フランス
ベルギー・オランダ・ドイツ
フィンランド・エストニア
ラトヴィア・リトアニア
ポーランド・チェコ
オーストリア・スロバキア
ハンガリー・スロベニア
クロアチア・モンテネグロ
ボスニアヘルチェゴビナ
セルビア・ブルガリア
マケドニア・グルジア
アルメニア・イラン
シリア・レバノン
ヨルダン・イスラエル
パレスチナ・エジプト
イエメン・エチオピア
ケニア・ウガンダ
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