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ナポリ~その2~(2008.1/10~14)

●ナポリ観光

ピザの町ナポリ!で観光・・・

正直、サボリ気味でした・・・

理由はいくつか、
天気が悪く観光に行こうとすると雨が降る。
宿の居心地がよく、久しぶりにWiFiが使えたのでネットしまくり!
ピザの食べすぎでお腹いっぱいになると歩き回るのがしんどくなり挫折
などなど・・・
って一番の理由はそんなに見に行こうと思える観光地がないこと・・・

ナポリは街自体に魅力があり、
僕たちがこれって思える見所が少なかったのが理由。

街に魅力があると書いたんですが、ナポリに着いて最初に感じたのは汚い・・・
ヨーロッパのイメージと全然違う・・・
街にはごみが溢れ、落書きもそこら中に、全然ヨーロッパの優雅な雰囲気がない!
ナポリは下町とは聞いてましたがその言葉にぴったりな感じ。
ピザで膨れたお腹を抱え、当てもなく散歩するのが楽しかった!
▼とにかく路地が雰囲気があっていい
ナポリ0201

▼でも雰囲気をお届けできるほどの写真腕が・・・
ナポリ0202

▼路地にはキリストなどの神に混ざりマラドーナも!ナポリにいた頃が一番輝いてたかな?
ナポリ0203

とは言いながらも観光したとこをいくつか。
ウンベルト一世のガッレリア
▼見に行ったときは週末、ヨーロッパは週末は休みの為がらがら・・・
ナポリ0204

ヌオーヴォ城
▼外から見ただけです・・・
ナポリ0205

卵城
▼名前の由来は建てた時に基礎に埋め込んだ卵が割れると、城とともに町も滅びるという言い伝えからだそうです
ナポリ0206

▼お城から見たナポリ湾の景色
ナポリ0207

と、こんな所です。

※ゴミが多い理由に関してはこんな記事をネットで見つけました。
2008年になってからはゴミ埋め立て処分場の不足によりゴミの回収がほぼ完全に停止し、
町中にゴミが溢れかえっている。カンパニア州にあった5つの埋め立てゴミ処理場が
すべて満杯になり、閉鎖してしまったことや当局に賄賂を払ってゴミ収集を請け負ってきた
マフィアと当局との関係悪化でマフィアがゴミ回収を中止したことが原因。
現在観光客が激減している。

以上、『ウィキペディア(Wikipedia)』より

マフィアを怒らすと街が汚くなってしまうとは・・・
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ハンガリーっす (2008.4.26)

ハンガリー・ブタペストに着きました。

今の宿には以前知り合った人もいて早速みんなで和食のシェア飯しました♪
うまかった~

ここには最低5泊します。

スロヴァキアです (2008.4.25)

チェコのプラハからオーストリア・ウィーンに移動し、
オペラを見たりして、今日バスで1時間ゆられ
スロヴァキアのプラチスラヴァに着きました。

ここには1泊で明日の昼にはハンガリー・ブタペストです。

移動ばかりで自分がどこの国にいるか分からなくなってきてます

ナナ

チェコ・プラハです (2008.4.22)

チェコ・プラハに着きました。

久しぶりの
しかもあったか~い
クラクフからで7時間ちょっとでした。

チェコはビールの為に来たと言っていいほどなのに
冷えたビールを買いそびれ、宿で紅茶・・・

ここには2泊の予定です。

ナナ

ナポリ~その1~(2008.1/10~14)

●「ピザって10回言って!」って小学生のとき流行りましたよね?

ギリシャから船で揺られ早朝にアドリア海沿いの町バーリに到着。
ギリシャには悪いですが、ついにヨーロッパに上陸したって感じ
バーリで移動ナポリへの移動方法が分からず少し悩むが
なんやかんやでナポリ行きのバスに乗ることができ無事移動。

さて、ナポリといえば?
ピザ!

ピザが大好きな僕達夫婦♪
日本にいる時もお気に入りのピザ屋に食べに行ったり、
宅配ピザ頼んだり、そして家で自分達で作ったりと
とにかくピザは大好物♪

『ナポリにはピザの為に来た!』といってもいい!
さっそく宿のオーナー・ジョバンニにナポリで一番おいしいピッツァリアを
教えてもらい本場ピザを食べに行った♪

ジョバンニがナポリで一番オススメのピッツァリアは地元でもかなり有名だ!

ピザの味と供に、このお店は子沢山で有名!
10人以上の子供がいてピザには各子供の名前がついたピザがある(笑)

子沢山はさておき、僕達が店に着いたときもお昼前なのに
店はすでに地元の人で満員状態!

これは間違いなくおいしいはずと、ナポリが発祥のマルガリータと
アンチョビのピザを頼む♪

出てきたピザに大興奮!!
▼これが本場ナポリのマルガリータ♪
ナポリ0102

生地は薄いタイプでモチモチした食感、
その上に惜しげもなくモッツァレラチーズがのっている♪

▼見てください!この大きさ!
ナポリ0101

この大きさでなんと驚きの価格€3ちょっと!!
ヨーロッパって物価が高かったんじゃないの??
この値段で本場のピザが食べれるなんて、これならヨーロッパでやっていける!

後々、分かるがナポリ以外でこんな値段で食べることができない!
他の町では値段が高い上においしいとは限らず、残念な事が多々ある・・
やっぱ本場は違いますね♪

あまりの感動の為、この旅で初めて食の為に延泊が急遽決定!、
ピザのためにナポリ延泊する事にした♪


ポーランド・クラクフです。 (2008.4.19)

ワルシャワから列車で約3時間、クラクフの町に着きました。
郊外にはアウシュヴィッツがあります。

今日は
靴の底に穴があいていて浸水しまくり・・・
靴下ビチョビチョです

ここには2泊の予定です♪

ナナ

ジャイプルⅡ(2007.12/17~18)

●二度目のジャイプル
ラジャスターン地方で一番面白くなかった街ジャイプル・・・
何でジャイプルなのか・・・どうせ飛ぶなら他の町からがよかったのに
って文句言っても格安航空だし仕方がないっても文句は止まらず
ジャイプルに到着。

でも2度目のジャイプルにもちゃんと観光する場所が残っていました。
ジャイプルで一番の見所『風の宮殿』

えっ?前回行ってないのかって?もちろんブログを読んでいただいてる方は
『あ~そういえば!!』って思うと思いますが、前回訪れたときは修復中で
情けない姿だった風の宮殿、宿で聞くと「修理は終わったよ!」てことで
さっそく観光~♪

前回のジャイプルのブログを忘れた方は↓にジャンプ♪。
http://goodspeed2007.blog102.fc2.com/blog-entry-212.html
▼修復を終えた風の宮殿
ジャイプル001

▼当時は宮廷の女性が覗いていたという窓から
ジャイプル002

▼後ろから見るとウンコ座り・・・
ジャイプル003

▼風の宮殿からの街の眺め
ジャイプル004

という事でこれのみの観光ですがこれでジャイプル観光終了!
翌日にはUAE経由でイスタンブールに移動しました♪

さよならインド♪

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
インドの各都市のブログは一応これにて終了です。
先行して書いていたUAE⇒トルコ⇒ギリシャ編へと続いていきます。
ややこしい流れでしたが一応これで繋がりました。
ギリシャ編も一応終了したんで、次回はイタリア編へと続いていきます


デリーⅡ(2007.12/15~17)

●デリー観光~その2~

ダラムシャラーの後はリシュケシュによる予定だったんですが、
ダラムシャラーでのんびりしすぎた為、リシュケシュはパスして
デリーに戻ることにしました。

デリーに戻り前回の観光の続き♪
デリーにはあまり惹かれる見所はないと前回のデリーで書きましたが、
唯一ここだけは行ってみたいというのが1つだけありました。

それはインド建国の父と言われているガンジーの最後の場所です。
インド独立運動の指導者とし活躍したガンジーは晩年は支援者の1人
ビルラー財団のデリー邸で過しました。
そして1948年1月30日の夕刻、中庭にある寺院に祈りを捧げに行く途中
で邸宅に侵入した極右青年にピストルで打たれなくなりました。
▼現在邸宅はガンシー・スミムリティ博物館になり公開されています。
ガンジー01

▼博物館内にあるガンジーと奥さんの人形。まるで生きてるみたいでちょっと怖いです・・・
ガンジー02

▼ガンディーがの最後の足跡が印されています。
ガンジー03

うすぺらい知識しか持ち合わしていませんが、インドを旅していると
自然と興味が沸く人物であった為、一度訪れておきたいと思いました。
知識の補完は日本に帰ってからという事で・・・・

ガンジー博物館の帰りにおまけで寄ったインド門
▼なんだかバランスが悪い気がしたんですが・・・
ガンジー04

てな感じでデリー観光を済ませ、さ~イスタンブールに向うぞ~!!
ってここデリーからじゃないんです・・・

何故か地方都市のジャイプルから、詳しくはUAE編で先行して書いたんで
読んだ人なら分かると思います!読んでない人はUAE編を是非読んで下さい!
という事で再びジャイプルへ移動

ダラムシャラ(2007.12/10~14)

●ダラムシャラ
何をしに来たんでしょう・・・?
ダラムシャラに・・・

ダライ・ラマとチベタンがチベットから逃れてたどり着いた地ダラムシャラ。
チベットに行ったならダラムシャラも見とかないと!
と思い来てみたもののダライラマに会えるわけでもなく・・・

ダラムシャラは極寒でした。
デリーなどと同じインドとは思えずイキナリ吹雪・・・

宿は快適なんですが、暖房設備がなく寒い!
町の商店で極太ロウソクを買いロウソクで暖を取りました。
ロウソクなんかで部屋が暖まるかって思うかもしれませんが、
4本使えばかなり暖かいことが証明されました(笑)
▼裏の山には雪が積もる
ダラム02

町はこれという観光地は特にありません。
▼ダラムシャラのメインロード
ダラム01

▼チベット寺院
ダラム03

ダラム04

▼ダライ・ラマの家
ダラム05

このダラムシャラに何をするでもなくのんびり5日も滞在しました。
極寒だったんですが、宿の下の食堂がおいしい!!
宿の皆も日本人だと分かれば優しい♪
チベットに行ってきたというと更に優しい
(最初は中国人と思われてたみたいで・・・・)

懐かしのチベタン料理となぜかダラムシャラはケーキがおいしく
毎日食べては寝てちょっと散歩しては寝て食べてなんかして
だらだらして過ごしました。
▼晴れれば気持ちのいい景色
ダラム06


※今回チベット問題についてブログの記事を追加しようかどうか迷いましたが
 人前に発表するほどの考えがまとまっていない為、今回は見送ることにしました。
 ただチベットを訪れたことがある人は『Free Tibet』を願うと思います。
ダラム07


ポーランドです (2008.4.17)

ポーランド・ワルシャワです。
9時間のバス移動でした。
バスで寝るのも慣れたもので2人ともよく寝れましたよ

ワルシャワには2泊の予定ですが、
宿の居心地がとてもよさそう~♪
朝食付きなのでジャム太りしてしまいそうです

ではでは、さっそく市内観光に行ってきます。
ちなみに降ってます・・・。

ナナ

アムリトサル(2007.12/9~10)

●アムリトサル
インドの宗教といえばヒンドゥー教とイスラム教の2大宗教の信者が多いですが、
シィク教を忘れてはいけません!
シィク教はインドで生まれた宗教で、ここアムリトサルが総本山で、
その他は・・・詳しくはしりません、ゴメンなさい。

シィク教徒はお酒もタバコもせず殺生も禁止の為、
寺院内に皮の製品、靴とかベルトは禁止です。
また髪を切る習慣がないのでグルグルにしてターバンで被います。
日本人がイメージする頭にターバンを巻いた人たちはシィク教徒の人たちなんです。
▼街中にも沢山グルグルターバンの人たちがいます。
アムリト001

スィク教の総本山アムリトサル、シィク教徒ならかならず訪れたい場所。
その名もゴールデン・テンプルその名の通り寺院に入り門をくぐると
正方形の池の真ん中に黄金に輝く本殿が!!
▼四角い不死の池の中央に輝く黄金寺院
アムリト002

▼中央の寺院へお参りする為の長蛇の列、信者じゃない僕達は遠慮させていただきました。
アムリト003

シィク教は太っ腹、信者以外にも聖地を解放し、
観光目的の旅行者にも宿と食事を無料で提供してくれます。
さすがに無料の為、宿のレベルは・・・
ちなみにナナはここのベットで再び南京虫に~!!
僕は行いがいいのでノープロブレム♪

黄金寺院は早朝から夜中まで開放されています。
▼夜になりライトアップされ更に輝きを増す黄金寺院!
アムリト004

▼説明はいりません、とにかく綺麗!
アムリト005




デリー~その2~(2007.12/5~9)

●デリー観光~その1~
見所が少ないデリー、その中でもメジャーなところをいくつか、訪れてやはり思いました。
やはりデリーに来なくてもよかったと・・・・

●ラール・キラー
ムガル帝国の第5代皇帝シャージャハンはアーグラーからデリーに都を戻し、
デリーに立てたのがラール・キラーです。
ラホール門
当時帝国の要所だったパキスタンのラホールに続く道が始まっていた場所。
本来なら僕たちもラホールからパキスタンの旅が始まるはずだったのに・・・
▼ラールキラーで一番の見所、ここだけなら無料で見れます。ここだけ見たら十分かも・・・
デリー0201

▼一般謁見の間
デリー0203

▼貴賓謁見の間
デリー0202

単体で見るとすごいのかもしれないんですが、
ラジャスターン地方やアーグラーでも見てきたので
同じ、それより劣る?・・・感じがして、イマイチやる気分が乗りません。

●ジャーマー・マスジット
インドで最大規模を誇るもスク
モスク内はお祈りする人や、のんびりとくつろぐ人などでにぎわっていました。
▼僕たちものんびりしていると子供たちに囲まれたました
デリー0205

●コンノートプレイス
植民地時代にイギリスが自分達のために作ったショピング街、
現在は高級店なんかが並んでいます。
航空会社のオフィスなんかも入っていて旅行者もよく訪れる場所ですが、
その分トラブルも多いらしいです。
▼中心に植民地時代の建物が並び、周りには近代的なビルが並ぶオシャレ地域?
デリー0206

こんな感じでデリーの観光~その1~でした。
残りの見所は北インドを回ってきてからです!

デリー~その1~(2007.12/5~9)

●イランへ行こう!!
デリー自体大して興味はありませんでした、悪い噂ばかり聞くしできたら
近寄りたくなかったんですが、イランビザが必要な為にどうしても行かないとダメでした。

デリーに夜行列車で着き噂のオクラ丼を食べ
さっそくイランビザ申請に必要なレターを申請しに日本大使館に!
▼噂のオクラ丼!!卵かけご飯にオクラが大量に入ってだけですが、これがウマイ!!
デリー0101

日本大使館に行くと嫌な予感が・・・・
嫌な張り紙が貼ってあった。
「イランに行く用のレターの発行には空路入国のみ発行します。
レター発行には航空券が必要です」
みたいな事が・・・
※レターとは。
 自国の政府が改めて旅行者の身分を保証しますてことを書いた紙
 ネパールでもらっときはワードで名前とパスポートNoが書かれ
 この人は問題ないのビザを発行してやってくださいて書かれて判子が押されてました。


恐る恐る窓口に行き聞くと、やはり陸路入国はダメって・・・・

ちょうどこの少し前にイランで日本人の大学生が誘拐され、
メディアなどでレターを発行したインド大使館がかなり叩かれたためだと思います。
大使館は旅行者の事を考えての発行停止ではなく、保身の為ではないかと思えました。
バングラデシュ、トルコでは、イラン行き用レターは発行されてます。
バングラでビザを取った旅行者にも会いましたし、
イスタンブールでは逆ルートでインドまで抜ける旅行者が沢山・・・
発行しないんだったら外務省で統一しろよ!!!

あの手この手でお願いしても結局ダメで、パキスタン・イランルートが使えなくなることに・・・
一度イラン行きの航空券を取りレター発行後にキャンセルっていう
大技なんかもあるみたいなんですが、
『危ないから行くな』と神様が言ってると思い諦める事に。



陸路移動にはこだわっていなかったんですが、
アジアからイスラムの国に少しずつ変わっていくのを感じたかった、残念・・・

たまたまバナラシからの移動で乗り合わせていた日本人の子にイスタンブール行きの
格安航空の事を教えてもらっていたので急遽ネットで手配。

一気にUAE経由でイスタンブールに行くことに!
て、その前にせっかく来たデリーとパキスタンに行く前に回る予定だった北インドを回ることにしました。

バナラシⅢ(2007.12/1~4)

●3度目のバナラシ

勝手知ったる町とは居心地がいいもんです。
居心地のいい宿、おいしい食堂、ネット屋、のんびりする場所、
通ってたヨガ教室、バカな客引き達♪

新しい町に着くとすべてイチから探さないとダメで疲れますが
3度目ともなると警戒心ゼロで町に到着です。
▼早朝着いた為、バスターミナルで朝を待ちます。これを野宿と呼ぶ人もいます・・・(笑)
バナ0101

今回嬉しいことに日本でお願いしてた救援物資が日本から到着していました♪
これからの国のガイドブック、味噌汁やふりかけなんかが~!!!

この送ってきてくれた箱に日本へ送り返すものを入れて郵便局へ、
インドでは小包は郵便局かその周りにあるパッキング屋にお願いして
パッキングしてもらわないといけません!

このパッキング屋、梱包材とかで綺麗にパッキングしてくれる思い行くと
カルチャーショックを受けることになります!

インドのパッキングとは白い布で小包を覆うことなのです・・・
箱で梱包してある僕たちの荷物もワザワザ白い布で覆います・・・
この上にあて先なんか書くんですが、受け取った方はかなり不気味な荷物だと思います。
最初冗談かと思うと、郵便局には白い布で覆われた沢山の荷物が・・・
▼パッキングしてもらった荷物、白い布で多い端は縫い合わせ完成です。
バナ0102

荷物を届け、前回通ってたヨガ教室へ♪
バナラシ滞在中、再び通い前回のおさらいと、
旅の最中でも出来る簡単なメニューを組んでもらいました♪
▼おまけでいくつか難しいポーズにもチャレンジ!
バナ0103

バナラシでは日中はガンガーを散歩したり、ボ~っとしたりで
後は通いなれた地元の食堂や、日本食が食べれるご飯屋さんへ行き
デリーに備えました♪
▼インドで日本食。塩ラーメンと、掻揚げ巻き寿司♪メグカフェにて。
バナ0104

▼毎日食べてたインドの一般的な定食『タリー』お代わり自由で60円!!
バナ0105

さ~て、準備万端で悪名高きインドの首都デリーへ!!

リトアニアに着きました。 (2008.4.12)

バルト三国、三カ国目のリトアニア・ヴィリニュスに着きました。
言いにくい町の名前ですね。
リーガからで4時間ちょっとでした。
途中、雨が降ってたんですが、ヴィリニュスに着く頃にはやんでくれました
リーガに比べ、少しあったかいです。

今日は特に何もせず、ワルシャワ行きのバスの時刻表をプラプラと見に行き、
スーパーに寄って帰ってきました。
▼見て見て
バームクーヘン

シャコーティスっていう名前のバームクーヘン!
お祝いの時に食べるんだそうです。
おいしかったよ

ポカラ(2007.11/26~30)

前回、自然の素晴らしさを痛感したアンナプルナトレッキング♪
と同時に一応の満足を得てたポカラと言うことで、
今回寄ろうかどうか迷ったんですが、結局寄っちゃいました。

ただし今回はトレッキングは無しで、ポカラの町でのんびり過す事にしました。
前回は豪雨の中、歩き続けみれたアンナプルナの山々も今回は楽勝♪
町からも余裕で見えます。
▼宿の上から眺め
ポカ01

でもせっかくだからということで、もう少しいい景色を見ようと
アンナプルナを一望できる場所に登りました。
▼この眺めどうです?ど~なんでしょ~!!!
ポカ02

▼堂々、マチャプチャレ!!
ポカ03

宿も快適で沈没しかけたんですが、年末までにパキスタンを抜け
イラン辺りまでという目標があったんで後ろ髪を惹かれる思いで再びインドに移動しました。
▼出発の朝、朝焼けのマチャプチャレ
ポカ04

▼この国境何度目のでしょう・・・見飽きました。
ポカ05

ちなみにこの写真は、この旅で一番やせてる頃です。

※関係ないですがポカラの宿で発見した日本の雑誌『b・p』
日本で愛読してた「旅に出たくなる雑誌」なんですが、今回これを読んで日本に帰りたくなりました。
▼この雑誌おもしろくて不定期発売です。これは去年の夏号なんですが、冬・春とも出ていません(笑)
  1年ぶりに夏には出るのだろうか?

ポカ06

カトマンズⅡ~その2~(2007.11/18~26)

●冬支度
6月に日本をでた僕達、中国、ネパール、インドを回ってる間に夏から夏そして夏・・・
そんな感じでしたがやっと秋の感じ・・・

今後は徐々に北上して行きヨーロッパに着く頃には真冬・・・
夏物装備しか持っていない為、ここカトマンズで冬物を買い込むこと、
これがカトマンズに戻ってきた3つ目の理由です。
カトマンズには上質の偽アウトドアグッズが大量に出回っています!(笑)
▼そこら中にアウトドアショップが、ほとんど偽物です!!
カトマン0201

ノースフェイス、ローアルパイン、マームット・・・選びたい放題!!
ということで、かたっぱしらから買いあさりました!!

安くて上質の偽ブランド品が溢れてるカトマンズで
育ちのいいナナは、なぜか本物のノースフェイスのダウンを・・・・

そして次は、食いだめ!
あ~カトマンズにはおいしいものが溢れています。
▼チベット料理
カトマン0202

▼ネパールの定食ダルバード
カトマン0203

そして、パキビザ申請中の間に再び合流したショウヘイ君・ミサちゃんと日本食料理屋へ
▼奥に見えるのはビール、その名もエベレスト♪
カトマン0204

こうして2度目のカトマンズを満喫しました。



カトマンズⅡ~その1~(2007.11/18~26)

●パキスタンへ行こう!!!
ネパールに戻ってきた理由は全部で3つあります。

そのうちの1つはエベレストを見ることで、
無事ナガルコットで目的を達成することが出来ました♪

さて残りの2つは雑用みたいなもの・・・
ひとつはインドの次の国パキスタンのビザを申請するためです。
パキビザはデリーでは取れなくなっているとの情報をもらい
カトマンズに戻ってきました。
カトマンズでは発行してもらえ、しかも無料というので戻ってきました。

この辺が不思議なもんでデリーではダメで、カトマンズではOKだそうです。
インド・パキスタンは中が悪いので発行してもらえないんだと思うんですが、
それはインド・パキスタンの間の事で、日本とは両国供友好関係にあるはず。
それならデリーでも日本人には発行してもらいたいものだが・・・・

と、いうことでとりあえず必要な書類やらを集めパキスタン大使館に申請に!
パキスタン大使館で申請書類に必要事項を記入します。
女性の場合は旦那の名前や、結婚している場合は父親の名前なんかも書かないとダメでした!
女性には厳しいムスリムの国・・・

いまいち書き方が分からなかったので、分かるところだけ書き申請することにしました。
けっこう空白があったが、申請して問題になったのは写真の大きさ・・・
小さい写真がいるやら、大きな写真がいるやらで、
じゃ~この少し大きいのを切って小さくすると言うとそれはダメ取り直して来いと・・・
なんやかんやで近くの写真屋を三往復・・・

写真のサイズに満足すると申請用紙の記入内容はどうでもいいらしく、
『いつごろ入国して、どれくらい滞在したい?』とアバウト・・・
こっちの希望そのままでOKで申請終了。

ほんとにこんなんでビザが発行されるのか不安で、指定された日に取りにいって
審査の結果ビザは発行できませんなんていわれないだろうかと心配したが
数日後取りに行くと無事発行♪
▼これがパキビザです。
カトマン0101

パキビザを申請される皆さん、パキスタンでは申請内容より写真が命みたいです。
但し、この後このパキビザがデリーで無駄になるとは・・・・


ラトヴィア・リーガです (2008.4.9)

ナナです☆
連絡ノート担当大臣に任命されました

ラトヴィアのリーガに(9日)着きました。
エストニアのタリンからバスで5時間程です。
これまたは快適であっという間でした。

リーガの旧市街はとても小さい!
タリンも小さかったけどリーガは更に小さいです。
街についてウロウロしてると見所が次々と現れてきて
すぐに観光が終わってしまうので、
スーパーで食材を買って宿に帰ってきました

ここには3泊の予定をしております

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
よ~じです・・・・
桜も散る今日この頃、焦ってます・・・
先日フィンランで出会った方にブログアドレスを聞かれ教えたんですが、
よく考えるもう4月・・・
ブログはいまだに11月インド半年もくれている・・・
という事で怒涛の連続UPでとりあえずネパール・インドを終了させ、
先行してるトルコ・ギリシャにつなげれるようにしたい思います。


ナガルコット~その3~(2007.11/16~18)

●ナガルコットの悲劇!?
エベレストを見て満足しビューポイントからの帰り道、・
さっきエベレストの場所を教えてあげた若者達に拉致られました・・・
冗談ですけど

彼らはマイクロバスをかりてナガルコットに遊びに来ていました。
ビューポイト近くの広場でピクニックということでBBQをしていました。
エベレストを教えてくれたお礼にということで夕食を食べていってくれと誘われ、
最初は断っていたが是非御礼がしたい!!頼むから一緒に晩飯を食べてくれと
お願いされ続け、断れなくなり晩御飯に参加することになりました。
▼皆で記念撮影
ナガ0301

とりあえず自家製のロキシー(焼酎みたいなの)をガバガバ注いでくれるます。
▼30℃以上ある強いお酒を最初はコーラで割っていたが、途中からはストレートで・・・
ナガ0302

ほろ酔い気分になってきたところで車の奥から引っ張り出してきた
スピーカーにギターをつなぎミニライブ。
何故だかサザンのメドレーや藤井フミヤのTRUE LOVEなんか演奏してくれる。
かなりビックリ!!!
その後は大音量でCDを流し、皆で踊りまくり。
▼ナナは人気者
ナガ0304

▼もうこの頃はむちゃくちゃ
ナガ0303

ただし、ここは標高3000m近い場所。
日中に帰るつもりの僕らは薄着・・・寒すぎる!!!
いまさら帰れないし、こうなったらロキシーたらふく飲んで暖めるしか・・・
▼飲めば出ます。ヒマラヤバックに・・・
ナガ0305

▼日が沈み、さらに気温が・・・
ナガ0307

そして晩飯、ネパールの庶民のご飯。
この晩御飯ネパールで食べたどんな料理より抜群にうまかった!!!
あ~これは最高!!自家製のロキシーも最高!!
▼作ってくれた中には日頃ホテルでコックをしている子もいました。
ナガ0306

楽しい時間を過したが、翌日はカトマンズに移動です。
ナナは体調を崩し朝から熱が出て下痢と吐き気に襲われ、
当たり前ですが僕は重度の二日酔い・・・
そんな中どうにかカトマンズには帰れましたが、死にそうでした。

でも楽しかった、今度は暖かい季節に誘ってほしいものです(笑)

ナガルコット~その2~(2007.11/16~18)

●ついにエベレストの姿を!
雲海&日の出に感動した後はビューポイントへ行くころにしました。
もうこれだけ見えてると確実に見えるだろうと確信して気分よくビューポイントに向いました。

今回は確実に見れることで足取りも軽やか、前回ヒィヒィいいながら登った
ビューポイントへも楽勝でたどり着きました♪

そしてついにエベレストとご対面!!
▼さてどれがエベレストでしょう?(笑)
ナガ0201

▼これが世界最高峰エベレスト
ナガ0202

チベットでは高山病にかかり、前回のナガルコットでは3泊してもまったく見れなかった
ついにエベレストがと思うと感激で涙が止まらなかった・・・・
なんてことはなかったですが、喜びがこみあげてきました。
それと同時にチベット側のベースキャンプで見れなかった悔しさがこみあげてきました。
一度は麓まで行っておきながらこんな遠くから見ることになってしまうとは・・・!!
いつかはチベット・ネパールどちら側からでもいいのでベースキャンプから
エベレストを見ようと新たな目標に加えることしました♪

さて、嬉しくてカメラで何枚も写真を撮ってるとネパール人が僕に
『そんなに何を撮ってるんだ?』と聞いてくる・・・
『えぇ?もちろんエベレストだよ!』と言うと!!
ネパール人達はビックリ!!
『どこにエベレストが見えるんだ!!!教えてくれ!!』と沢山の人だかりが・・・・

一瞬僕が間違ってるのかと思いましたが、ネパール人達が知らないだけだったみたいで
その後は皆僕のところにきてどこにあるか教えてくれの行列。
これが、この後悲劇を呼ぶことに・・・(笑)

ナガルコット~その1~(2007.11/16~18)

●再びナガルコットへ
インドからカトマンズに着き翌日にはナガルコットに移動。
インドから再びネパールに戻ってきたのは3つの理由から、
そのうちの1つが3度目の正直という事でエベレストの姿を見るためです。

1度目チベット側ベースキャンプで一度目の撃沈・・・
2度目は前回のナガルコットでエベレストどころかヒマラヤ山脈の姿も確認できず撃沈・・・
そして3度目の今回は??

一時はヒマラヤ山脈なんて架空の山脈で実物はないのではないかと思ったんですが、
アンナプルナトレッキングでヒマラヤの素晴らしさを知り是非エベレストの姿を
見てみたいと思い戻ってきました。

今回は乾季のネパール、前回と全然違う!
前回は山が全て雲に覆われていてヒマラヤの影すら見えなかったが、
今回はカトマンズからでも遠くにヒマラヤ山脈の端っこを眺めることが出来ます。

これならナガルコットに行けばエベレストも見ることが出来るだろうとウキウキで移動♪

ナガルコットにつくと前回泊った宿の客引きや、
毎日通ったノリタケコーヒーの親父なんかも僕達の事を覚えていてくれてちょっと常連気分♪

さっそく宿で『エベレストは見れる?』と聞くと『ほとんど毎日見れてるよ~』と嬉しいお言葉♪

エベレストは世界最高峰だが、ヒマラヤ山脈の奥にあるため低い場所からだと
手前の山に隠れてみることが出来ないのです。
ナガルコットも村からでは見ることが出来ず、1時間ほど登った
ビューポイントからでないと見ることが出来ません。

初日は宿からヒマラヤ山脈の眺めを見てのんびりしました。

今回は雲海リゾートという日本人の奥さんがいる宿に泊りました。
少し高めだがナガルコットでは一番の景色が見れる宿です。
▼この景色見れただけでも結構満足♪
ナガ0101

▼アルプスの少女ではなく、ヒマラヤの少女?三十路です。えぇ?この時はまだ29歳です。
ナガ0102

雲海リゾートはその名の通り条件が合えば素晴らしい雲海が見れる。
翌朝早起きし、雲海&日の出を見ることにしました♪
▼日の出前の雲海に浮かぶヒマラヤ山脈
ナガ0103

▼ヒマラヤ山脈越しの日の出
ナガ0104

『あ~自然って素晴らしい』ってほんとに思える瞬間です。
どんなに人間ががんばっても、自然の美しさを超えることは出来ないんだろうと思います。


パトラ(2008.1/7~9)

ギリシャ第3の都市パトラ。
噂には聞いていたがパトラはアフガン人だらけだ!

理由はここからイタリア行きの船に乗るためだ。

アフガンから出稼ぎに出た人たちはヨーロッパを目指す。
もちろん彼らはノービザ、多分パスポートも持っていないと思うが、
なんだかんだ陸路でイランやトルコなんかは抜けてこれるみたいだ。

そんな彼らにもここで難問が、
陸路でギリシャまでたどり着いたが目指す地はヨーロッパ本土!
ここからノービザでの東欧・中欧の国境をいくつも越えるのは難しいらしい。
リスクを背負うなら一発でヨーロッパ本土にいけるイタリア行きのフェリーに乗り込むのが一番なのだ。
イタリアにさえ上陸できれば、EU各国には国境なんてないのと同じ、稼げる国に自由に行くことができる!

と、どこで情報を手に入れるかは分からないが、パトラを目指して来るらしい。

彼らはフェリーターミナルのフェンスの外からフェリーに乗るトラックの様子を伺っている。
トラックの荷台に忍び込んでフェリーに忍び込もうというわけだ。
▼国際フェリーターミナルのフェンス越しに集まるアフガン人達。
パトラ01

異様な光景で最初は怖かったが、アフガン人の顔立ちは日本人とそっくり、すこし肌が黒いだけだ。
インド3ヶ月でいい感じになった僕たちの肌の色は彼らと変わりない。
そして彼らの格好はウインドブレーカーにジーパン、そしてリュックを背負っている。
まったく同じ格好の僕達、しゃべらなかったら僕も立派なアフガン人の仲間入りだ。
そんな感じなんで親近感が沸いてくる、アフガン人達も同じみたいで、みんな手を振ってくれたりする。

ギリシャ警察はそんな彼らををほとんどほったらかし、たまに来ては追い払うぐらいで逮捕なんかしない。
多分これだけのアフガン人を捕まえてしまうと、ノービザのアフガン人達を強制送還させるには
かなりの費用がかかってしまうからほったらかしなのだろう。
アフガン人達も犯罪さえ犯さなければ捕まる事がないのを分かってるので
悪さはしないみたいで今のとこ治安は悪くないみたいだ。

そんなアフガン人達には悪いが僕達はイタリアを目指す。
パスポートもあるし、ビザは免除、チケットも購入し正式にイタリア行きの船に乗れてしまうのだ。
けどフェリーの乗り口が分からない!!
そして、パスポートも何もないけど港の事はとても詳しいアフガン人に助けてもらう。
ゴメン・・・・
▼フェンス越しに様子を伺うアフガン人
パトラ04

フェリーに乗り彼らの挑戦を見ていたが、正直厳しいと思う・・・
フェリーに乗り込む前のチェックはけっこう厳しく何人ものアフガン人達が引きずり出されていた。
多分成功する確率は1%もないと思う。
それでも彼らにはがんばってほしいと単純に思った。
▼フェンスを越えて港の中で忍び込むトラックを探すアフガン人
パトラ03

今回の事で少し思った、世界ではアフガンの人たちに援助やなんだかんだいっているが、
現実はもっと生々しいものでドロドロしたもんだと・・・・
でも僕が現時点で彼らにしてあげれることは何もない・・・
▼そして現実逃避、イタリア行きのフェリーから眺める綺麗な夕日。
パトラ02


さよなら北欧。

明日(6日)、ヘルシンキから移動します。

世界最強通貨ユーロと約3ヶ月の戦い、あ~苦しかった・・・・

明日からは東欧に移動!!

物価もぐ~~んと下がると期待しています♪

まずはヘルシンキから船で3時間のエストニアに上陸します。

今後は東欧をグルグル回りながらトルコ・イスタンブールを目指す予定です。

では、また。

ジャ~ンプ!

ベルリンは忙しい!
日中は観光し、夜はビール・ワイン飲みまくり・・・

その為、ブログほったらかしです・・・

そんなベルリンも今日が最後、
明日(2日)に、ひさしぶりの飛行機移動で
フィンランド・ヘルシンキに行きます。

まだ寒いヨーロッパでなぜか更に北へ・・・
天気予報ではフィンランドン最高気温は1℃だそうです。

という事でこれからベルリン最後の夜という事でまた飲んできます。

ではまた♪
プロフィール

よ~じ&ナナ

Author:よ~じ&ナナ
2007年6月1日から
2009年9月17日まで
世界一周の旅に出ていました。

現在地 2015/08/29
日本・高松
転勤で四国に移動!
四国での生活を満喫中♪

旅した国◆67カ国
中国・ネパール
インド・UAE・トルコ
ギリシャ・イタリア
バチカン・スペイン・モロッコ
ポルトガル・フランス
ベルギー・オランダ・ドイツ
フィンランド・エストニア
ラトヴィア・リトアニア
ポーランド・チェコ
オーストリア・スロバキア
ハンガリー・スロベニア
クロアチア・モンテネグロ
ボスニアヘルチェゴビナ
セルビア・ブルガリア
マケドニア・グルジア
アルメニア・イラン
シリア・レバノン
ヨルダン・イスラエル
パレスチナ・エジプト
イエメン・エチオピア
ケニア・ウガンダ
ルワンダ・タンザニア
マラウィ・ザンビア
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