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ソフィア◆その2(2008,5/20~26)

ソフィアは3大名物だけじゃない楽しみは他にもある!!
●ビール
水よりやすいビール!!
2リットルで約180円こんな安ければ飲まずに入れない。
ヨーロピアン達は正しく観光なんかに出かけるがだめな僕達は昼間っから飲んだくれる。
▼欧米人の日本人に対するイメージを変えさせることになっただろう!!
ソフィア0102
▼ペットボトルで売っている♪
ソフィア0103

ちなみにワインも安く、ナナは一人でワインを開けていた・・・

●さんまの塩焼き
ダメ人間しゅんぺい君の唯一のお手柄は、市場でこのさんまの塩焼きを見てけて来たことだろう!!
残念なのはソフィアでは白飯ではなくパンが付いくる事だ・・・
▼塩焼きなんで、あたり前だが日本と全く同じ味
ソフィア0201

●ブルガリアヨーグルト
ブルガリアといえばヨーグルトでしょう!!
スーパーに行ってみるとこれでもかというぐらい種類があった。
よく分からないがどうやら脂肪分の割合で種類が分かれているみたいだったので
標準ぽい脂肪分3%のとあきらかに標準じゃない30%のをかってみた。
▼これが脂肪分30%のヨーグルト
ソフィア0202
標準タイプは普通のプレーンヨーグルト。
脂肪分30%は固形になっていた。
お味は標準は標準味。
脂肪分30%はチーズっぽい少量なら食べれるが、
一人で全部は拷問だ!!

●天罰
一週間ほど宿でだらだらしていて罪悪感が湧いてきたので
観光でもしよっかとソフィア市内に出た。

宿を出て5分でスリにあってしまった・・・・

普段は財布は持たずポケットに裸で札を入れ身軽な格好で出るが、
この日はウエストバックに財布やパスポートを入れ
腰のところにぶら下げていた、バカ旅行者丸出し・・・
一週間も宿で飲んだくれていてすっかりボケていた。

幸いパスポートは取られなかったが、僕に天罰が下ったんだろう・・・
被害は財布・現金60ユーロ・クレジットカード・偽国際学生証、以上。

クレジットカードのオフィスに連絡したら第一声が、
『大丈夫ですよ~!落ち着いてください!』
こっっちは落ち着いてるし、全然心配なんかしてないぞ(笑)
マニュアルにそう対応するように書いてるんだろうか・・・・

●観光
次の日に気合入れ直していったソフィアのシンボル、アレクサンドリア・ネフスキー寺院。
▼ソフィアはここだけ行った問題ない!
ソフィア0203


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ソフィア◆その1(2008,5/20~26)

旧ユーゴ各国をブッ飛ばしてきたのもソフィアが物価が安く
居心地がいい宿があり旅の疲れを癒すことができると聞いていたからだ。
そんなソフィアの3大名物は中華料理・カジノ・ストリップだ。

ソフィアにはしゅん君が待っていた。
彼はルーマニア経由でソフィアにやってきたのだが
僕達を待つという口実の下すでに1週間ほどソフィアでだらだらしていた。

せっかくハイペースで旧ユーゴを抜けてきたが業界内
(東ヨーロッパ旅行者業界?)でダメ人間として名の通っている
しゅうんぺい君の影響力は強くすぐにダメモードのスイッチがオンに・・・

とりあえずしゅん君の案内でソフィア3大名物に!
●中華料理
最初は、中華!!
なぜかソフィアには中華料理屋が多い!
どこの中華料理屋もめちゃくちゃ安く量が多い、一人では食べ切れない♪
炒飯だと300円弱で二人前くらい食べれる。味もちゃんと中華味!!
▼右から炒飯、麻婆豆腐、酢豚
ソフィア0101

中華はほぼ毎日食いに通った。

●カジノ
カジノといえば特別な感じだがヨーロッパではパチンコ屋みたいな感じでそこら中にカジノがある。
しかし街中のカジノではサービスがしれているので最初はシェラトンに行ってきた。
飲み物フリー、タバコは頼めばマルボロを1ケースくれる。時間があえばご飯も食べれる。
▼ソフィア最高級シェラトンホテルだが内容イマイチ・・・
ソフィア0104

期待していったが期待ほどじゃなかった。
次にプリンセスホテル。
こっちはカジノカジノしていた。サービスもシェラトンよりよかった♪
但しタバコはマルボロではなく国産たばこだったが僕は吸わないので関係なし!

●ストリップ
旅人の間でソフィアといえばカーマスートラというほど有名!!
数々の伝説を聞いていた、例えばばチップを払って膝の上で踊ってもらった時に
ロケットおっぱいで顔を叩かれて鼻血が出たとか・・・

期待に胸をふくらませ僕達夫婦としゅんぺい君、そしてソフィアでできた
飲み友達マーシー君の4人でカーマスートラに行ってきた♪
期待してはいったためかイマイチ・・・
どの子で鼻血を出そうか迷っていたら段々女の子の数が減っていく・・・
どうやらお金持ちの皆さんはチップを多く払い女の子を外に連れ出していっているみたいだ。
気がついた時にはおばちゃんだけが残り僕達にケツを突き出して猛アピール、
結局最後は怖くなって外に出ることにした(笑)

外に出てマーシー君と喋ると同じ子を狙ってたらしく、同じロケットで鼻血を出すところだった。
もちろん写真撮影は禁止なので画像なし・・・ゴメン。

以上が、ソフィア3大名物だ!!

ベオグラード(2008,5/17~19)

サラエボからバスで6時間半セルビアの首都ベオグラード
旧ユーゴ圏5ヶ国目で旧ユーゴ時代の首都。
旅行者の間ではつまらない街ということだが・・・
うわさ通り見所のない街です。
▼街は大きいい
ベオグラード001

しかし、この町にはプレスカビッツがあった♪
プレスカビッツとはひき肉と玉ねぎにスパイスを加えたバルカン風ハンバーグだ。
街のそこら中にこのプレスカビッツを焼いてハンバーガーにして売っている店がある。
▼一度焼いタレにつけて!食べる前にもう一度焼く♪
ベオグラード002

これがウマい!激ウマだ!
ソーセージみたいな感じに仕上がっているハンバーグから
肉汁が溢れだしパンにしみこんでオイシイ~♪
しかも安くてボリュームもある。
▼おいしく、しかもこのボリューム♪
ベオグラード003

『プレスカビッツがあればマクドナルドなんていらない!』
って、わけじゃないだろうがコソボが独立を宣言した時は
怒り狂ったセルビア人達はアメリカ大使館同様マクドナルドも襲撃した。

ベオグラード滞在中このプレスカビッツを買い
眺めのいい公園に行き食べるとのが一日の楽しみだった。
というか、これしかベオグラードではしていない・・・・
▼公園からはドナウ川が見える。
ベオグラード004

えっ??ベオグラードの見所??
空爆通りぐらいしかない・・・
NATO軍による空爆の際に破壊された官公庁が残された通り。
▼これはわざと残しているのか?解体するお金がないのだろうか?
ベオグラード005

▼けっこう派手にやられている。
ベオグラード007

他には見所らしきものは少ない・・・
ベオグラードは確かに見所が少ないがプレスカビッツは
ジャンクフード好きにはぜひ食べて欲しい一品だ♪
▼しつこいがもう一度プレスカビッツ!食べた~いよぉ♪
ベオグラード006


サラエボ(2008,5/16~17)

ボスニア・ヘルツェゴビナは内戦の影響でムスリム人とクロアチア人の
ボスニア・ヘルツェゴビナ連邦セルビア人のセルビア人共和国
独自性の極めた高い二つの自治体によって構成されている。

その為、首都サラエボの中にも壁こそないもの
ボスニア・ヘルツェゴビナ連邦とセルビア人共和国との境界線がある。

観光してる分には旅行者はあまり気にならないが、
バスターミナルが連邦用ターミナルと共和国用ターミナルと
別れていたりと複雑な状況を感じられることもある。

サラエボ市内に入るまでは銃弾の跡が残る建物なども多かったが、
市内の中心地は内戦の爪後が見当たらない、
ヨーロッパの都市と同じような感じにまで復興は進んでいる。
▼内戦の面影など全く見当たらない市内中心部
サラエボ000

●サラエボ旧市街ここも復興されたのだろう。
旧市街といっても完全に復興しましたって感じで綺麗すぎて雰囲気ゼロ。
▼職人街とガイドブックでは書いていたが、ただの土産物屋ばかり・・・
サラエボ002

●サラエボ事件現場
中学の歴史で習った第一次世界大戦の発端になった場所。
ここでオーストリア皇太子がセルビア人に射殺されたた事が発端になり世界大戦に発展した。
▼ここもキレイに修復されていた。
サラエボ001

●スナイパー通りとホリデーインホテル
この通りは内戦時名前のとおりセルビアの狙撃兵がビルの上で待ち構え
女性や子供も標的にされ多数の被害者を出した通り。
▼テレビで映像が流れていたのを覚えている。
サラエボ005

そのスナイパー通りの端にあるホリデーイン。
前線から300m先の場所にもかかわらず営業を続けたため
各国ジャーナリストが滞在し、ここから世界に情報を発信した。
▼もちろん現在も営業している。高級ホテルのひとつ
サラエボ004

●サラエボ五輪施設
冬季五輪開催地だが、紛争中郊外の墓地まで死者を運べなかったため
五輪施設のグランドに埋葬した。
▼聖火台、この下に無数の墓地があるが撮る気になれなかった。
サラエボ003

アウシュビッツで書いたが負の遺産は自分にとっては
お腹いっぱいになっていた為、深く掘り下げることはしなかった。
そのためかサラエボの観光は一日で終了した。
▼見る所も一通り回ったんで公園でハトにパンやり
サラエボ006

モスタル(2008,5/16~17)

移動を連続して行っている時は体が移動に慣れ移動が苦にならない。
逆に沈没している時は、近所の食堂に行くのもだるい・・・

旧ユーゴ圏では移動モードのスイッチがONの状態の僕達。
モンテネグロからクロアチア・ドブロブニクに戻り、
その足でボスニア・ヘルツェゴビナへのバスのチケットを買い移動した。
一日でモンテネグロ⇒クロアチア⇒ボスニア・ヘルツェゴビナと一日で3ヶ国!!
なんかやった感が湧いてくる♪

てことで、旧ユーゴ4ヶ国目ボスニア・ヘルツェゴビナに入国。
最初の町は、モスタル
現在は山間にある落ち着いた町だが、ボスニア内戦の激戦地だった。

旧ユーゴからの独立を宣言するとモスタルの町はにユーゴ軍とセルビア人に攻撃され
クロアチア人・ムスリム(ボスニア人)は町を共に守りユーゴ軍を撤退させた。
しかし、ユーゴ軍撤退後今度はクロアチア人とムスリムの間で戦闘が始まる。
モスタルの象徴だっった石橋(スタリ・モスト)もこの内戦で破壊された。
▼現在も内戦時の銃痕の跡が残る
モスタル001

内戦停戦後クロアチア人とムスリムは、ネレトバ川を挟んで東側にムスリム
西側にクロアチア人と居住区を分けて生活、政治的にも分断され双方の往来はなかった。
そんな中1999年からユネスコなどの協力もあり民族和解の象徴として石橋の再建が行われた。
▼祭りの時はここから川に飛び込むらしい
モスタル002

▼こんなのどかな町で銃弾が飛び交っていたとは想像できない
モスタル003

ユーゴスラビア崩壊時の混乱については、また後日まとめて記事を書きます。

ユーゴスラビア紛争

今回はお勉強の時間です!!
旧ユーゴ圏の記事を読む前に参考にどうぞ。
文章多いんで面倒な場合は読まなくても問題ないです。

◆ユーゴスラビア紛争
1989年に東欧で次々と革命が起り共産主義政権が崩壊していく中、
セルビアではミロシェヴィッチ大統領率いるセルビア民族中心主義勢力が力を持つ。
それに対しスロベニアとクロアチアは各共和国に大幅な自治権を認める改革を提案したが、
セルビアとモンテネグロはこれに反発し、対立が深まった。
その結果旧ユーゴ構成国の中で独立の気運が高まりスロベニアの
独立を皮切りに各国が独立を宣言していった。

現在、ユーゴスラビア連邦の構成共和国だったスロベニア、クロアチア、
ボスニア・ヘルツェゴビナ、セルビア、モンテネグロ、マケドニアと
セルビアの自治州だったコソボが現在単一国家として存続している。

●スロベニア
1991年6月、スロベニアが最初にユーゴスラビアから独立を宣言。
これに対しセルビアが主導するユーゴは独立阻止のため
連邦軍をスロベニアに送ったが用意を周到に行っていたスロベニアは
わずか10日でユーゴ軍は撤退させ独立を勝ち取った。

●クロアチア
スロベニアに次いで独立を宣言したが、スロベニアのようには
うまくいかずクロアチア紛争が勃発し長期化した。
最終的には国連の調停やNATOの介入によって、1995年のデイトン合意で終結した。
▼ドブロブニクを一望できる山にあるケーブルも紛争時に破壊された。
ユーゴ01

●ボスニア・ヘルツェゴビナ
ボスニア・ヘルツェゴビナは1992年3月に独立宣言をした。
しかし、国内で独立に反対するセルビア人と賛成派のクロアチア人・ムスリム
(ボスニア人)が対立し、ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争が起こった。
セルビア人・クロアチア人・ムスリム(ボスニア人)の混住がかなり進行していたため
状況はさらに深刻で、セルビア・クロアチア両国が介入したこともあって戦闘は泥沼化した。
クロアチア紛争と同じく国連の調停やNATOの介入によって、
1995年のデイトン合意で最後は終結した。

●モンテネグロ
他の旧ユーゴ国と違い独立を選択しなかったモンテネグロだが
セルビアと共に経済的制裁、政治的な制裁を受けることになり、
これに対しての不満がモンテネグロ独立運動がはじまり、
最終的には国民投票によりモンテネグロは連合を解消して独立した。

●マケドニア
1991年、ユーゴ解体に伴い、マケドニアは独立を宣言。
1992年にに連邦軍が撤退して
旧ユーゴ構成国の中で唯一無血で独立を果たした。

●セルビア
旧ユーゴの中心国だったがユーゴスラビア連邦の崩壊で2003年から
連合形式を変更しセルビア・モンテネグロとして緩やかな連合国家を形成したが
2006年にモンテネグロが独立し自動的にセルビアも独立した。

●コソボ
セルビア政府はクロアチア、ボスニア・ヘルツェゴビナで出たセルビア人難民を
コソボ地域に移住させたためアルバニア系の住民に抵抗運動が激化し、
1998年にコソボ解放軍とユーゴ軍との間にコソボ紛争が発生した。
介入したNATO軍による空爆などを経て、2000年にユーゴ軍はコソボから撤退し、
和平協定に基づき国際連合コソボ暫定行政が設置され2008年2月に独立を宣言た。
2008年8月の時点で独立を承認しているのは、国連加盟192国のうち46国にすぎない。
日本政府はコソボの独立を認めている。
▼ベオグラード市内にあったポスター。日本語以外にも複数の言語で書かれたのがあった。
ユーゴ02


記事参考:Wikipedia

コトル(2008,5/14~15)

モンテネグロ西部の町コトル
ドブロブニクからバスでアドリア海沿いを
南に下ると4時間ほどで訪れることができる。
(直通バスやツアーだと2時間ほど)

これまでのアドリア海沿いの町と違い、切り立った山と海との間に町が点在している。
その複雑な地形はまるでフィヨルドのようだ。

残念ながら今回はノルウェーのフョヨルドに行けなかったが
コトルに来ればノルウェーなんかに行かなくてもいい!
(嘘・・・めっちゃ行きたいノルウェー

コトルは世界遺産にも登録されてるが、観光客も多くなくひっそりとした町だった。
▼泊まった家、こんなかわいい車があった。もちろん現役!
コトル00

コトル001

コトル002

コトル003

コトル004

コトルは城砦港湾都市なだけあって街が城砦におおわれている。
その城壁は背後に切り立った山の頂上にまで続いている。
この城壁づたいには背後の山に登るとコトルの旧市街が一望できる。
▼のんびりしたいい雰囲気
コトル005

▼でも、かなりきつい!
コトル006

中腹からの景色が一番いい。
でも、いつも通り頂上を目指してしまう。
▼ここでやめときゃよかったのに・・・
コトル007

頂上には今は使われていない廃墟が残っている。
▼歴史的に価値があるのかは分からない
コトル008

頑張って頂上まで登った。
しかし、頑張ったからって何事も報われるとはかぎらない。
頂上に着くと雨が降り始めそして雷まで
結局1時間半ほどかけて登ってきたが、滞在5分ほどで慌てて下るはめになった。
▼モンテネグロ国旗と雨雲。この後と雨と雷が・・・
コトル009

旧ユーゴ圏3ヶ国目のモンテネグロは1泊2日のコトル滞在にて終了。
これまでのアドリア海沿いの街とはまた違った感じでよかった。
ここで2,3日のんびりするのも悪くなかったが、
この時は僕達は移動モードになっていたので次に移動することになった。

ドヴロヴニク(2008,5/12~14)

旅人は宮崎駿がスキだ。
旅をしているとジブリ映画のモデルになったといわれる場所がいくつかある。
有名なのがカンボジア・アンコール、パキスタン・フンザ
そして、魔女の宅急便のモデルになったと言われているドヴロヴニク
(ほとんどの場所は旅人が後からつけただけで、実際のモデルにはなってないらしいが・・・)
▼高台からの眺め、赤い屋根が雰囲気よし♪
ドブロブニク00

▼メインの通りは整備されツーリスティック
ドブロブニク016

▼教会なども点在する
ドブロブニク015

▼路地を覗くと生活感が漂う
ドブロブニク002

▼黒猫のジジを探してみたが、見つかったのは・・・
ドブロブニク003

実際モデルになったかは不明だが、モデルになったと言われるのはわかる気がした。

そんなドブロブニクはだが、他のアドリア海沿いの都市と同様に城塞都市だ。
遠くから眺めていると綺麗なドブロブニクの旧市街だが
まじかで見ると堅牢な城壁に囲まれていてまた違った雰囲気を持つ。

今はこの城壁は遊歩道として歩いて一周することができ、
僕達ものんびりと一周し街の景色を楽しんだ。
▼力強さが伝わってくる城壁
ドブロブニク004

▼城壁の一番の高い所からの眺め
ドブロブニク005

▼城壁からの眺めは街中と違った角度で見れていい
ドブロブニク006

▼街の暮らしも少し覗ける
ドブロブニク007

▼ビーチなんかも覗ける♪
ドブロブニク008

スプリットもそうだがドブロブニクも街歩きをしてるだけで楽しい。
でも、ドブロブニクは高台からの眺めがいい。
▼別の高台からの眺め。アドリア海の真珠とも呼ばれてるそうだ。
ドブロブニク009

▼アドリア海もキレイ~♪
ドブロブニク010

◆オマケ
ドブロブニクはリゾートとしてビーチも点在する。
そんな旅行者が足として使用するバスには、こんなステッカーが!!
▼ビキニじゃなかったらいいんだろうか??(笑)
ドブロブニク014


トロギール(2008,5/11)

アドリア海に浮かぶ、城壁に囲まれた島トロギール
そんなの聞いたら行きたくなる。
しかもスプリットから20kmと近いので日帰りで行ってきた。

本島との間の運河に橋が架かって、いこれが島の入り口。
▼着いて笑った。これは反則だろう!でも世界遺産。(笑)
トロギール001

実はトロギールもとは島ではなくちょっと突き出た
岬?半島?の間を掘って島にしたらしい。

世界遺産なのは疑問だが、こじんまりとして雰囲気がいい街だ。
トロギール002

トロギール003

トロギール004

多分この辺が世界遺産なんだろう・・・
トロギール005

トロギール006

トロギール007

▼ピザやイカ墨とおなじく、イタリアンジェラートも安ウマ♪
トロギール009

◆おまけ
前日ナナに散髪してもらったらハゲが・・・
▼耳の上が・・・
トロギール008


スプリット(2008,5/9~12)

青い海と太陽、この二つは最強タッグだ!
演歌色のバルト海以来の海は、リゾート色のアドリア海だ♪
▼こんな色の海を見るだけ心躍る♪
スプリット001

●遺跡&リゾート都市スプリット
世界遺産にも登録されているローマ時代の遺跡を残しつつも
ヨーロッパのリゾートとして街はきれいに整備され雰囲気は最高!
▼港からのスプリット
スプリット003

▼通りから海が見える街の造り
スプリット002

▼遺跡の残る街並み
スプリット004

▼遺跡と街がうまく調和している
スプリット005

▼魚市場
スプリット006

▼街外れのビーチ。少し冷たいが地元の人は楽しんでいた。
スプリット007

▼丘の上からスプリットの街の眺め
スプリット008

▼夜景も雰囲気があっていい
スプリット009

イタリアと海向かいの為、ピザのレベルが高い!そして、イタリアより全然安い。
だからピザとビールなんか買って海沿いのベンチに腰をおろして♪
▼幸せだ~♪
スプリット010

●人生初のイカ墨
イカ墨の料理って日本で食べたことがない・・・
イカ墨のパスタがベネチア発祥だと知ってベネチアで
挑戦しようと思ったがあまりにも高く断念。

ピザと同じくイタリア料理系のレベルが高いらしい!
旅仲間お勧めの地元の人が集まるレストランに行って
イカ墨に挑戦することに♪
▼これが人生初のイカ墨のリゾット
スプリット011

うまっ♪こんなまっくろいのに、なんとおいしいんだろう♪
最初に食べた人はなかなかのチャレンジャーだったんだろう。
最初に食べた人の勇気に感謝♪
▼お決まりのお歯黒
スプリット012

日本のイカ墨の料理も同じくらいおいしいんだろうか??
帰ったら一度食べてみよう。

プリトヴィッツェ湖群国立公園(2008,5/7)

●プリトヴィッツェ湖群国立公園
スプリットに行く前にザグレブからバスで2時間ほどの場所にある
プリトヴィッツェに日帰りで行ってきた。
世界遺産にも指定されている大小16の湖と92ヵ所の滝がある国立公園で
ヨーロッパ版・九寨溝(中国)という感じだ。
プリト001

プリト002

プリト003

プリト004

プリト005

プリト006

プリト007

プリト008

プリト009

プリト010

天気の悪さもあったのだと思うが青さでは九寨溝のほうが断然青かった。
先に九寨溝に行ったことがある人にとっては少し見劣りするかもしれないが
プリトヴィッツェも九寨溝には無い地形の複雑さや滝のダイナミックさなどで楽しかった。

僕達はザグレブから日帰りで行ったがザグレブからプリトヴィッツェ経由で
スプリットに抜けるコースの方がお勧めだ♪

ザグレブ(2008,5/6~5/4)

クロアチアと言えばキング・カズが所属していたザグレブFCと
今や国会議員のミルコ・クロコビッチを思い出す。
しかし、クロアチアでは二人とも有名ではない、
中田の方がかなり有名だ。

スロベニアからクロアチアの首都ザグレブへ。
前日に列車の時間を調べて乗ったが僕達が勘違いしていたらしく
国境の駅で4時間ほど待ちぼうけをしたがザグレブに到着。

歴史ある街だが『中世の素敵な街並み』には飽きている僕達には色あせてしまう。

とりたてて見所はない、ザグレブに来てるから寄ってみようか
というレベルのものしかないので今回もサックっと観光!
●トミスラフ広場
列車で着くと駅前に大きな広場がある。
とてものんびりした雰囲気でいい。周りには大使館などが並ぶ。
▼中央の建物がザグレブ駅
ザグレブ001

●聖母昇天教会
▼ザグレブのシンボル
ザグレブ002

●聖マルコ教会
▼屋根の模様が特徴的な教会
ザグレブ003

●ザグレブの街並み
駅前のトラミス広場の雰囲気もそうだが街自体がのんびりしている。
とても140万人も住んでる首都とは思えない。たぶん郊外が広いんだろう。
▼トラミスト広場沿いの建物
ザグレブ006

▼トラムはかわいい水色
ザグレブ004

▼街の中心にある市場
ザグレブ005

●クロアチア料理
宿で教えてもらったクロアチア料理の店に行く。
庶民のレストランでコースで頼んでもお手頃か価格♪
◆ザグレブ風カツ
定番メニューカツの中にチーズが入った物
ザグレブ007

◆木の実のリゾット
リゾットのレベルは高い!また食べたい!
ザグレブ008

●列車なの??バスなの??
ザグレブからアドリア海沿いの街スプリットに移動。
列車のチケットを買った後、駅員がつたない英語で必死に説明してくれが、
駅員のしってる英単語が少ないため内容が分からない。
首をかしげていると最後は必死にBus、Busを連呼するのだが、
結局、インフォメーションに行って詳しく聞いてくれって事になった。

インフォメーションに行くと英語ペラペラのおばちゃんに
『今日はバスです』と言われた・・・頭は??状態だ。
列車のチケットは2等車両で座席番号も書いてある。
ここは駅の切符売場で、今日はバスでってどういうことだ??
時間になったら駅前からバスが出るからと言われたので時間まで待つと
構内の電光掲示板にスプリット行き乗り場Busとの表示が!!(笑)
▼こんな表示初めて見た!プラットフォームがバスって・・・
ザグレブ009

どうやら工事か何かの為に途中までバスで移動し、
そこから列車に乗り換えるということらしい。
▼途中の駅で待っていた列車
ザグレブ010

▼車窓の風景
ザグレブ011

で、1時間ほど遅れ到着したスプリットは、リゾートな雰囲気満々の天国だった!!
久しぶりの青い海!!心は躍る♪

リュブリャナ・ポストイナ(2008,5/4~5/6)

●リュブリャナ
旧ユーゴスラ圏、最初の国スロベニア。
スロベニアは最初に独立し、旧ユーゴ圏の中では唯一のEU加盟国。
通貨もユーロの為、物価も高い・・・

快適宿に滞在でブタペストで動けなくなっていたが、
一緒に沈没していた人達が徐々に旅立ち始め
僕達も移動することに、移動することに。
ネットでスロベニア行きの早朝のバスを予約した。

最後ということで、出発当日の明け方まで
みんなで飲んでいて、この旅初のの寝坊・・・
宿の人に助けられ、なんとかバスに飛び乗ることができ昼にはリュブリャナに着いた。

旧ユーゴで一番の経済力を持ち、EUにも加盟できる国の首都リュブリャナ。
確かにこぎれいに整備されているが規模は日本の地方都市よりも小さいかも・・・
▼山間にあり雰囲気は長野っぽい
リュブリャナ001

▼見どころのひとつ竜の橋ですが、なにか・・・
リュブリャナ002

▼山の上に建つリュブリャナ城
リュブリャナ003

▼町並みはきれいに整備されていて感じがいい。
リュブリャナ004

▼けど、見所は・・・・
リュブリャナ005

見所も少ないため半日もあれば十分、宿に荷物を置きさっそく観光♪
サクッと観光を済ませ初日は終了。

●ポストイナ鍾乳洞
2日目は郊外のブレット湖に行く予定だったが朝起きるとあいにくの雨・・・
鍾乳洞だと雨でも関係ないもんねぇ~ということで
ヨーロッパ最大の鍾乳洞にポストイナ鍾乳洞に行くことにした。
こういう時に個人旅行は自由でいい♪

リュブリャナから約1時間半でポストイナに着いた。
さすがEU加盟国入場料が高い、学割使っても18ユーロ!
▼入口の裂け目
スロベニア0101

入口から2kmほどトロッコに乗って鍾乳洞の奥に入る。
▼トロッコ乗り場
スロベニア0102

このトロッコが楽しすぎる♪
ツンツンの鍾乳石が生えている洞窟内を結構なスピードで走る。
鍾乳石の保護のためも最小限に手が加えられていないため
トロッコとすれすれのに岩がありその分体感速度も上がる!!
僕達でも頭が当たるんじゃないかというくらいなんで体の大きな
ヨーロピアンなんかもっと怖いんだろうみんな絶叫状態で洞窟奥の駅に着く。
リアル版ビックサンダーマウンテンだ!!

洞窟内の駅に着くとガイドが待っていて解説してもらいながらグループで移動する。
さすがヨーロッパ最大なだけあって広い、洞窟の中に谷があり橋がかかっていたり。
鍾乳石の塊なんかもかなり大きい!
▼鍾乳洞内部
スロベニア0103

▼かなり広い空間
スロベニア0104

▼面白い形の鍾乳石が沢山
スロベニア0105

▼芸術品だ!
スロベニア0106

▼鍾乳洞に住んでる類人魚。一年くらいエサを食べないらしい。
スロベニア0107

通常のツアーで見れるのはごく一部らしいがそれでも十分満足できた。
ヨーロッパの素敵な街並みなんかもすばらしいが、
やはり自然の素晴らしさに人間は及ばないんだろう!久しぶりに興奮した。
この辺を旅している人は、ポストイナ鍾乳洞を見るためだけに
スロベニアによってもいいと思う♪

ちなみにここから離れた所に世界遺産に登録されているシャコツィヤン鍾乳洞もある。
今回は時間がなかったんで諦めたが、両方行った人の話だとポストイナよりさらにすっごいらしい!!

●カップラーメン ブロッコリー味
ドイツのガイドブックに日清のカップラーメンが売られていると載っていた。
その中で衝撃的だったのがブロッコリー味!!
ドイツ滞在中に探したが結局見つからず、ドイツを出た頃にはすっかり忘れていた。
で、リュブリャナのスーパーに晩御飯を探しにいたら、なんと発見!!
▼これが幻の!?ブロッコリー味♪
リュブリャナ006

早速買って、宿で試食♪
スープはクリームスープ。ブロッコリーも確かにあのブツブツのところが入っている。
▼もちろん3分待つと完成~♪
リュブリャナ007

で味の方は・・・
う~ん、不味くはない、でもおいしくもない。
ラーメンではなくなっている。クラムチャウダーに麺を入れた感じ。
ラーメンと言わなければこれもありだろうと思った。
ちなみに一緒に買ったインドカレー味はにまずかった。なんで??

ブタペスト◆その5(2008,4/26~5/4)

●夜景
ブタペストの夜景は素晴らしい!
もし時間がない人がいれば夜景だけを見ればブタペストは十分だろう!
ブタペスト0503

ブタペスト0508

ブタペスト0501

ブタペスト0502

ブタペスト0504

ブタペスト0506

ブタペスト0507


●ハンガリーのごはん
◆ハンガリー料理
宿の近くで安くておいしいハンガリー料理屋を
教えてもらったので宿のメンバーで食べに行った。

でも、残念な事に腕のいい料理長が長期で休みor辞めた?
みたいで、あまりおいしくなかった・・・・
▼全体的にはこんな感じ
ブタペスト0509

▼唯一お勧めできるのが『グヤーシュ』パプリカのスープだ。
ブタペスト0510

◆Smack
ハンガリーのスーパーで売っているいインスタント麺
なんと驚き!このラーメン、日清の製品である!!
▼もちろん味もGood!!おやつや夜食に食べてた。
ブタペスト0511


ブタペスト◆その4(2008,4/26~5/4)

前回の続きで、ドナウ川とブタ側とを紹介♪

-ドナウ川ー
ブタとペストを結ぶ橋は全部で9本ある。
●鎖橋
ブタペストの象徴ともいうべき鎖橋、
ライオン橋とも呼ばれたりするが正式にはセーチェニ鎖橋だそうだ。
▼もっと大きいと思っていたが対面通行の2車線しかない
ハンガリー0401

▼橋の入り口にあるライオン
ハンガリー0402

●マルギット橋
ドナウ川沿いにある主要な建物が一望できる
▼右がブタ側で丘の上に王宮、左がペスト側で国会議事堂、中央は鎖橋が見える。
ハンガリー0403


-ブタ側ー
●王宮
ブタ川の丘の上に建つ王宮は二つの世界大戦の時に
はげしく損傷し第2次席大戦後に復旧された。
現在は図書館や美術館として公開されている。
▼戦後修復されたんで新しい感じがする。
ハンガリー0404

▼カラスが指輪を咥えてる。で、どういう意味があるんだろう??
ハンガリー0405

▼王宮からの眺め ~その1~
ハンガリー0406

▼王宮からの眺め ~その2~
ハンガリー0408
●マーチャ―シュ教会
▼尖塔が有名だが訪れた時は残念ながら修復中だった。
ハンガリー0409

●ゼロポイント
ブタペストまで何キロとはここを起点に測られてるそうだ。
▼わかりやすいゼロの置物
ハンガリー0410
以上が、ブタペストで僕たちが訪れた主な観光地だ。

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ブタペスト◆その3(2008,4/26~5/4)

プラハ・ウィーン・ブタペストと東欧で中世の街並みを持った街は
同じような感じだ。当たり前と言えば当たり前だが似ている。

どの街がいいかは訪れた人によって全く違うが
僕はこの中ではブタペストが好きだ。
のんびり滞在したので余裕を持って過ごしたのが
大きかったと思うが僕の中ではブタペストがお気に入りだ。

ブタペストはドナウ川を挟み3つの地区に分かれている。
西側のブダとオーブダ、東側のペストの3地区からなる。
これらの地区はもともと別々の町であり、合併されてブダペストとなった。

-ペスト側-
●マクドナルド
なぜか観光の最初は訪れたのはマクドナルドだった。
誰が言ったのか知らないがブタペスト西駅の構内にある
マクドナルドは世界一豪華な内装のマクドナルドと聞いた。
▼古い駅舎を利用して豪華っぽいが、このレベルのだとヨーロッパではどこにでもある・・・
ハンガリー0301

●アンドラシー通り
2002年に世界遺産の歴史地区の拡張で世界遺産に指定された地区
この通り沿いに見どころが集まっている。
▼落ち着いた雰囲気があり散歩にいい。高級住宅が並ぶ
ハンガリー0302

◆英雄広場
アンドラシー通りの突き当りにある広場。建国1000年の祝いに造られた。
以前はハプスブルク家の王の像もあったが独立戦争のときに他の人に置き換えられた。
▼ハンガリー史に残る英雄の像が並ぶ。
ハンガリー0303

◆市民公園
英雄広場の裏に広がる市民の憩いの場。
▼休みの日にはフリーマーケットなどもある。
ハンガリー0304

市民公園の中にお城があった。
かなりかっこいい城なのにガイドブックなんかで見た記憶がない
▼レゴでありそうな中世のお城
ハンガリー0305

かっこいいと思い写真を結構撮り宿に帰り調べてみると・・・
このお城ハンガリー建国1000年際の時にパビリオン的な感じで
ルーマニアにある城を模して造られたそうだ。

◆セーチェニ温泉
ブタペストは温泉が有名だ。
市内にはいくつかの温泉があるり本格的に硫黄の匂いがする温泉から
プールのような温泉と様々な種類まである。
セーチェニはプール的な感じの温泉で水着を着てはいる。
水温は低く日向水程度の温かさだ。
▼水着のおねーちゃんも多いく、ここ体の保養より目の保養にはいい(笑)
ハンガリー0306

僕は行っていないがナナ達はルダシュ温泉に行った。
こっちの方は硫黄臭がし、お湯も熱く僕達が想像する温泉だったそうだ。

◆国立オペラ劇場
アンドロシー通りの中心的建物。
見た目と違い内部はかなり広く豪華だそうだが、ウィーンでオペラは
お腹いっぱいだったため今回は行かなかった。
▼後で築いたがバレーもやっていたのでそっちを見に行けばよかった・・・
ハンガリー0307

●聖イシュトヴァーン大聖堂ブタペスト最大の教会。
死後聖人となったイシュトヴァーン国王の右手が聖遺物とされ置かれている。
▼街の中心にある。
ハンガリー0308

▼内部
ハンガリー0309

▼これがその右手が入ってる箱。
ハンガリー0310

●国会議事堂
ドナウ川沿いに建つネオゴシック様式の国会議事堂。
国会議事堂とは思えないくらいかっこいい造り。
これまで見た国会議事堂の中で飛びぬけていい!!
▼でかすぎて近くからは良さが分からない
ハンガリー0311

▼なので対岸(ブタ側)からの眺め
ハンガリー0312

●中央市場
▼ここでフォアグラが買える
ハンガリー0313


ブタペスト◆その2 (2008,4/26〜5/4)

●主役は??

さて本日の主役はしゅん君である。

しゅん君は、この業界(東欧旅行者業界?)ではダメ人間で通っている。
彼とはこの後ソフィア、イスタンブールでともに行動?生活?するのだが、
彼のダメぶりに僕は救われたり、彼がいるために僕がダメになったりした。
詳しくはまた後日に書くが、今回の主役はそんなしゅん君のはずだった・・・

話は飛ぶか、皆さんほとんどご存じないだろうと思うが
ハンガリーはフォアグラの有名産地だ!!
世界各国で動物保護ということで生産ができなくなってきている。
ハンガリーは規制がないのかどうかは知らないが庶民というか僕達でも安く買えてしまう♪

話は戻るが今回の主役しゅん君が誕生日を迎えるということなので
じゃ~誕生日ということでフォアグラをみんなで料理して祝おうということになった!

市場に新鮮なフォアグラを買いに行こうという事になったが
なぜか当日はみんな観光に出かけ宿に残ったのは僕としゅん君・・・

仕方なく二人で市場に出かけフォアグラを買いに行くことに。
自分の誕生日にメインのフォアグラを買いにお使いに行かないと
いけないということ自体が主役の座が危うくなってきている始まりだった。

市場に行くとフォアグラ専門店が4件ほどありその中で見比べて購入することにした。
▼店頭に並んだフォアグラ
ハンガリー0201
フォアグラ約\3800 /キロで750gのフォアグラを買って帰った。
フォアグラって日本で買うといくらくらいなんだろう?
▼フォアグラノとガイドブック
ハンガリー0202

女性陣は観光の帰りに誕生日にはケーキということでアンダンテ近くにある
高級なケーキ屋でチョコレートケーキを買ってきた、試食といって
ショートケーキを食べてきたそうだが・・・

宿に戻り、フォアグラ料理3度目の炊事班長ののもと調理開始!!
しゅん君には主役ということでフォアグラに最初の包丁入刀の大役が与えられたが、
フォアグラを前に、みんなテンションが上がり主役の座はあっさりとフォアグラに移ってしまった。
▼結局みんな記念にフォアグラを切ることに。主役より楽しんでるナナ♪
ハンガリー0203

しゅん君の誕生日会のはずだったがいつのまにかフォアグラ祭りに変更されてた。
アンダンテHPの日々の様子のページでも、この日の事は
誕生日会ではなくフォアグラ祭りとして紹介されている。(笑)

そして新たな主役のフォアグラが焼きあがったりみんなの興奮は最高潮に♪
普通に、『いただきま~す♪』の後に思い出したみたいに
『あっ、おめでと~う』みたいな感じになっていた。
▼真中が本日の主役フォグラ♪
ハンガリー0204

でも、フォアグラの感想は、
『ま~、フォアグラってこんな感じかと、かなり脂っこい・・・』
なにごとも経験ということで、いい経験しました。

食後のケーキの時に主役復帰というかローソクの火を消す係りの為に
再登板、本日の元主役しゅん君登場!!
▼フォアグラと同じくらいの値段の高級ケーキ
ハンガリー0206

しかし、ろうそくを消したあと切り分けようとしたがうまくいかず
結局みんなでスプーンを持ってがっつくことに、
こうなると強いのはスイーツ大好女性陣!!
元主役のしゅん君は再びベンチへ・・・
▼ご満足のナナ
ハンガリー0205

いまさらですが、最後に彼が本日の元主役しゅん君
▼なぜか旅に出る前に友達からもらったタオルと共に記念写真
ハンガリー0207


ブタペスト◆その1 (2008,4/26~5/4)

●沈没宿アンダンテ
旅人の中で大絶賛の宿アンダンテ
ちょうどイスタンブールの宿で同じだった
ひげ教祖が炊事班長に就任したとかしてないとか
久しぶりの再会も楽しみにブタペストに向かった。
▼見た目の近寄りがたさからは想像できないくらい面白い人
ブタペスト0101

このアンダンはほんとにすばらしく居心地がよかった♪

宿のメンバーにも恵まれたのもあるが、
まず、宿が清潔、立地条件抜群、自炊可能
ネットフリー、Wifi有り、マンガも腐るほど、
プレステ2、DVDもありetc・・・
そして宿のスタッフもみんな親切すぎる♪
僕達がドミ料金で泊まらしてもらったロフトのベット
ブタペスト0104

こんな快適なアンダンテだが実はまだ始めて1年。
ちょうど僕達が滞在中に一周年を迎えカレーパーティーが開かれた。
▼カレーパーティーの様子。おめでとうございます♪
ブタペスト0103

こんな素晴らしすぎる宿の為、東欧での新しい沈没ポイントになっている。
先にいたひげ教祖なんかなんだかんんだでこの時点で4ヶ月ほどの滞在だ!

僕達も観光そっちのけで宿で同じく動けなくなっている旅人とだらだらおしゃべり。
一日で一番頑張るのは食事時。炊事班長の指示の下シェア飯作りに励む!
このときばかりはダラダラしている旅人もわがご飯なんで頑張って動く♪
(※シェア飯 旅人同士がお金と労力を出し合って作り食べる。シェアーご飯の略)
▼炊事班長の指導の下シェア飯造りに励む
ブタペスト0102

▼本日のメニューは鳥カラ・豆ごはん・ポテトサラダ・漬物・・・
ブタペスト0105

とこんな感じ、どうでしょ~??
皆さんバックパッカーのご飯て貧しいと思ってたんじゃない?
料理の得意な炊事班長なんかがいれば、いつもこんなのが食べれる♪

長期のバックパッカーの話は面白い♪
自分がまだ行った事のない場所の話や、
トラブルや失敗談など皆かなり引き出しを持っている!
▼食後にお酒を飲みながらそんな話を聞いてるととまらなくなる・・・
ブタペスト0106


結局朝方まで話込み、翌日目覚めると昼前、
観光を諦め再びシェア飯作りに励む日々・・・


こんな感じでアンダンテで宿泊ではなく生活モードに入ってしまい
抜け出す事が難しくなり居ついてしまう事になる。

◆宿の紹介
別に回し者ではないが、この旅行で泊まったベスト宿ということで
アンダンテのリンクを張っておきます♪
バックパッカー向けのドミトリーのほかに一般ツーリスト向けの部屋もあるんで
バックパッカーじゃない人にもお勧めです。
ブタペスト日本人宿 アンダンテ←クリックしてもらえばHPに飛びます♪


ブラチスラバ(2008,4/25~26)

ウィーンからバスで1時間スロバキアの首都ブラチスラバ。
1993年にチェコスロバキアが分裂した時にスロバキアの首都になった。

中央の地方都市って感じのブラチスラバ。
見どころ少なし、でもなんか名前がかっこよかったしハンガリーへの
経由地としと寄ることにした。
(実際はウィーン-ブタペストをダイレクトで行く方が安いんだけど・・・)

経由地なんでブタペスト行きのバスのチケットを買いに行くが
全部売り切れ、あ潤オ週末だからか・・・
諦めて列車のチケットを買いに行こうとするとヒョウ混じり豪雨・・・

ブラチスラバなんかに寄るんじゃなかった。
ブタペストにダイレクトで行っとくんだったと嘆きながら
2kmほど離れた駅でチケットを無事購入。

チケットも手に入れたし早足で市内観光へ、
ツアーよりハードなスケジュール!

●ブラチスラバ城
一時はハンガリー王国の首都となったがウィーンやブタペストに中心は移り
1811年の火災で廃墟となったが第2次世界大戦後に修復された。
▼丘の上にあがる気力がなかったので下から眺めて終了
ブラチスラバ001

●旧市街地
こじんまりとした旧市街地。
バルト三国を思い出す。
▼雰囲気はいい感じだが週末で店がほとんど閉まっていた。
ブラチスラバ003

遊び心あふれる銅像が街のあちこちにある♪
▼街のあちこちにある
ブラチスラバ004

▼パパラッチ
ブラチスラバ005

見どころ少ないんで大統領官邸に行ってみた。
▼天気がいいのは翌日移動の途中で撮ったから・・・
ブラチスラバ006

▼衛兵の制服がかっこいい
ブラチスラバ007

●ドナウ川
ブラチスラバの一番の観光名所かも・・・
国際河川のドナウ川はウィーンからブタペストへのクルーズ船なども往来する。
▼どうでもいいけど流れはかなり速そうなんで落ちたら死ぬだろう!
ブラチスラバ002

ブラチスラバはこんな感じ・・・
僕たちみたいに次いでとかならいいが、わざわざ来るような場所ではない!
スロバキアに来るのであれば行ってないけどスピシュ城がオススメ♪
宿に張ってあったポスターがすごくよかった!!
で実際に行った人聞くとやはりよかったらしい。

ブラチスラバは一泊でブタペストへ向かう。
が、翌朝目覚めると宿に警官が、僕達の泊まっていたホステルで盗難事件が発生!!
しかも僕達の泊まっていた隣の部屋!
僕達の同室の若者たちが夜中に酔っ払って帰ってきた時に
外のドアを開けっ放しにしていた為に外部から侵入されたようだ。
で、隣の部屋の皆さんと同じ部屋の問題児達はまとめて事情聴取の為連れて行かれた。
あぶなかった潤オ!!
何も盗まれなかったのもそうだが、事情聴取なんかで時間取られたら列車に乗れない所だった。
パトカーでブタペストまで送ってくれるんだったらいいけど(笑)




ウィーン◆その2(2008,4/23~25)

ハプスブル家の元で繁栄したウィーン。
現在でも王宮などたくさんの建物が残されている。
街もきれいで今まででいちばん僕達がイメージしていたヨーロッパな感じがした。

●王宮
ハプスブルク家が650年以上も使用していた王宮。
▼シティーマラソンの準備で広場はごちゃごちゃ・・・・
ウィーン001

▼すごいんだろうか?すごいんだろうな~・・・
ウィーン003

▼王宮は飽きてしまっていて心に響かない
ウィーン002


●シュティファン寺院
12世紀に着工し300年もかけて造られた教会。
塔の高さは世界第3位らしいが、300年もかけなくてもできると思う・・・・
▼屋根のモザイクが面白い
ウィーン004

▼教会内部
ウィーン005

▼シューベルトのお墓がある。けどここに骨はないんだけどね~。
ウィーン006

●郵便貯金局
機能主義建築の父ワグナーの代表作。
アルミの骨組みでガラス張りの建物は当時としては画期的だった。
▼普通に思えるが、重厚な他の建物が全盛期だった時にこれを思いつくのはすごいんだろう。
ウィーン007

▼出口に会ったポスター。日本人もよく来るんだろうか?
ウィーン017

●フンデルトヴァッサー
フンデルトヴァッサーという人をご存じだろうか?

オーストリアの建築・芸術家で自然への回帰を唱え、
できるだけ直線を使わず曲線を多用した独自の様式の建築物を数多く造った。

関西に住んでる人なら大阪市のゴミ焼却場を設計したと言えば分かるかもしれない。
大阪で税金の無駄使いのの代表としてよく取り上げられる・・・
▼大阪舞洲のゴミ焼却場
ウィーン008

このゴミ焼却場はUSJの向かいに建っているため
USJと勘違いして訪れる観光客もいる(笑)
僕は仕事でこの焼却場の近くによく行く事があったので、ず~っと気になていた。

ウィーンには沢山の見所がある。
ガイドブックによってはフンデルトヴァッサーの事なんて書いていない物もある。
ウィーンにはヴァッサーの2ヵ所ヴァッサーの作品を見ることができる場所がある。
オーストリアに来る前から訪れてみたくて、他の有名観光地はカットして
最初にフンデルトヴァッサーの作品を見に行った。
●フンデルトヴァッサーハウス
1986年に完成したフンデルトヴァッサーがデザインした集合住宅
曲線を多用し緑を多く取り入れた建築物。
▼建物を見ただけでワクワクする。
ウィーン009

▼緑が多く取り入れられていて僕は好きな感だ。
ウィーン010

▼住みやすさはどうなんだろう?
ウィーン011

●クンストハウス
ここはもともとあった建物を改装して美術館にしたもの。
中にはフンデルトヴァッサーの作品が展示されている。
ウィーンにはまだまだ見所がある。

おもしろすぎでよかった♪
フンデルトヴァッサーの作品には遊び心が溢れている。
見てるだけでこっちもワクワクする♪
一気にファンになり、残りの作品も見に行きたくなった。
▼オセロみたいな感じの外壁。
ウィーン012

▼エントランスのオブジェ
ウィーン014

▼トイレの中もこんな感じ
ウィーン013

▼ベルンバッハにある教会の模型。この教会にいつか行ってみたい!
ウィーン015

●オマケ
EURO2008開催44日前!!
お金もビザもなかったんで無かったんで諦めた。
▼行きたかった・・・
ウィーン016

キャンプイン・エジプト

世界のダイバー憧れの地RED SEA(紅海)!!
残念な事に、ここ3、4日海が荒れ気味のため潜れるポイントが限定されてくる!
潜りたいポイントに行けない!!

穏やかな海域に行きシュノーケリングなんかしたりもするが、
潜れないとなると、みんな宿でネットをしたり、
マンガを読んだり、バックギャモンや麻雀・・・

うぅ~不健康すぎる・・・

と思ったら、誰かが宿のDVDの中から健康的なものを発見♪
なんとブートキャンプ!!
エジプトの果てでまさかこんな物があるとわ!
早速、体の鈍った数名のダイバーの皆さんがキャンプイン!
ナナも参加することに(笑)
▼最初のストレッチの段階でも厳しそう!!
キャンプ01

▼疲れた時にはビリー先生が励ましてくれる!!
キャンプ03

▼TVショッピングで見たのと同じだ♪
キャンプ02

ビリー先生の励ましも虚しくここ最近で軟弱になったダイバー達
には厳しかったようで一人脱落、二人脱落と
プログラムを半分すぎたところで終了。

さて、キャンプ2日目は開催されるのだろうか?
っていうか潜れるんだろうか??

でも、誰がエジプトまでわざわざ持ってきたんだ?

ウィーン◆その1(2008,4/23~25)

●オペラでびゅ~う♪
ショパン・ベートーベンも活躍した音楽の都ウィーンに着いた。
ウィーンフィルなどの有名なオーケストラもあるが、今回はオペラを見に行ってきた。

オーケストラと同じくオペラも人生初だ。
ウィーン国立歌劇場に行ってきた。
このウィーン国立歌劇場、スター歌手を揃え、
その上演奏するのはウィーン国立歌劇場管弦楽団で
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の母体である。
そして、現在の音楽総監督は小澤征爾である。
とにかく世界でも最高峰のオペラ劇場だ。
そんなすごい劇場でオペラデビュー♪
▼見た目もすごい!
ウィーン000

ほぼ毎日公演が行われてると聞いていたので今回も当日券作戦!!
プラハから移動してきた日の夕方にオペラ劇場に
行ってみると当日券売り場にはすでに人が並び始めていた。
▼本日の演目は『La traviata(椿姫)』
ウィーン002

僕達もその列に並び約30分後にはチケットをゲット♪
で早足で自分たちの指定エリアに向かう

立見席なんでいい場所は早い者勝ちなのだ。
立見席に着くとみんな自分たちの場所を一度確保し、
その場所にハンカチやスカーフなどをくぐりつけて場所取りをする!

僕達もなかなかいい場所を確保し目印になるものを
くぐりつけオペラ劇場内を見学♪

ベルリンフィルとは違いかなり大人の社交場という感じでみんなドレスアップをしている。
立見の席に来ている人の中にもちゃんとジャケットを着ている紳士なんかもいる!
僕達は相変わらずジーパンそして少しがんばりVネックのセーター・・・
▼そんな格好でもひるまずメインエントランスで♪
ウィーン001

▼映画のセットのような内装!
ウィーン003

▼昔は宮殿歌劇場と呼ばれてるだけある。
ウィーン004

皆さんワインやシャンパンなんかを飲んだりしながら開演を待つ。
▼ベルリンフィルで味わったのと同じ感動を期待しテンションが上がる。
ウィーン005

セリフはドイツ語?
ま~ほぼ同じなんでどっちでもいいが全く分からない・・・
でも手元に英語の字幕が表示される。
最初は頑張って英語の字幕を見ながら見ていたが、
すぐに分からない単語が多々出てくるし、英語の長文問題を解いてるみたいで疲れる・・・
それと体力的にもしんどい!
公演時間は約2時間半間に一度休憩はあるが結構しんどい
▼終わった時はけっこうヘロヘロになっていた・・・・
ウィーン006

でも、一番痛かったのが上演内容の予習ができていなかった事!
ネットで調べてから行けばよかったが、時間がなかったので何が上演されるのかも知らなかった。
英語の字幕を追うのでは限界があり何となく意味は分ったが・・・

そして、オーケストラの時はすんなり入り込めたが
オペラは僕の貧相な感性にはイマイチマッチしなかったような気が・・・

プラハ◆その2(2008,4/21~23)

春の訪れ間近と思いきやまた冬の寒さに
東欧では人気の都市プラハだが・・・
正直印象が薄いプラハ。
ここでも長期旅行の弊害が、中世の素敵な街並みに飽きてきている。
ここも他のヨーロッパの他の都市と同じく
旧市街があり丘の上には城が、そしてそれらが世界遺産に登録されている。

●旧市街広場
プラハの街の中心
▼中世の素敵な街並み
プラハ018

広場のテラスでツーリストも地元の人も世界でも最高のビールを飲んでる。
▼で僕達もピルスナー・ウルケルで乾杯
プラハ003

●天文時計
旧市街広場にある15世紀に造られた時計。
この時計出来が素晴らしかったため他の街に
同じ時計ができるのを嫌がった当時のプラハ議会が
同じ時計が二度と作れないように製作者の目を潰したそうだ・・・
▼ほんとに複雑な時計
プラハ002

毎正時ちょうどにキリストの12使途が上部の上の窓に現れる。
▼はっきりいって不気味・・・
プラハ004

●カレル橋
プラハ最古の石橋で1357年から60年もかけて造られた。
橋には聖人やプラハの英雄など30体の銅像が建っている。
▼旧市街と城を結ぶ橋だ
プラハ005

▼ザビエルの銅像もある。支える人の中に東洋人の姿も
プラハ006

●プラハ城
プラハ城はプラハの街を一望できる丘の上に建っている。
広大な敷地には宮殿・王宮・教会・修道院・美術館・博物館がある。
▼旧市街からのプラハ城
プラハ019

それぞれチケットを購入してはいらないといけない。
一番の見所は聖ヴィート大聖堂で他の王宮などはあまり興味がなかった。
インフォメーションで大聖堂が見れる共通券を教えてもらい一番安い共通券を買った。
確かにこの共通券で大聖堂は見れたが、実は大聖堂は無料だった・・・
共通券なんか買わなくても大聖堂は見れたのだ!
ま~それでもせっかく他の場所も見れるんだからと共通券で
入れる場所に行ったのだがかなりしょぼかった・・・・
◆衛兵の交代
たまたまプラハ城の入り口で衛兵の交代があった。
結構よかった。
▼いきなり2階の窓があいて、音楽隊が登場
プラハ007

▼寒いのに大変だ
プラハ008

◆聖ヴィート大聖堂
プラハのゴシック建築の最高傑作だそうだ。
内部にはすっばらしいステンドグラスがたくさんる。
その中にはミュシャの作品もある。
▼旧市街からでも見える大きな建物
プラハ009

▼教会内部
プラハ010

▼ミュシャのステンドグラス
プラハ011

▼ミュシャの作品以外すっばらしい!
プラハ012

大聖堂以外の共通券で入れる場所はどれもイマイチパッとしなかったので省略

●チェコのビール
チェコは実はビール大国!!
現在日本をはじめ世界ので飲まれてるビールのほとんどはピルスナースタイルのビールだ。
そんなピルスナービールの元祖がこのピルスナー・ウルケルだ。
▼味の分からない僕でも違いがわかります。うまいっ!!
プラハ015

で、もう一つ有名なのがバドワイザー
世界的に有名なアメリカのバドワイザーって,実は偽物だ!!
元祖バドワイザーはチェコで作られてた。
それをアメリカでドイツ系移民が真似をして造り始めたのが
日本で知られているバドワイザーだ。
宿で本家の味を味わうことに!!
▼これ又おいしい!!アメリカは何を真似て作ったんだろう?
プラハ016

足早にチェコともお別れ、心残りはもっとビールを堪能したかった!!!
地方の街にも行きたかったが、再び物価が上がってきた東欧で
のんびりできずオーストリア・ウィーンへ!!
▼移動日に春が訪れた・・・ウィーンへのバスの中から
プラハ017


プラハ◆その1(2008,4/21~23)

●シェンゲンビザ
皆さんシェンゲン協定ってご存知でしょうか?

シェンゲン協定とはヨーロッパ各国において、
共通の出入国管理政策及び国境システムを可能にする取り決めだ。

現在アイルランドとイギリスを除く全てのEU加盟国及び、
非加盟のアイスランド、ノルウェーとスイスの計28ヶ国が協定に調印し、
そのうち24ヶ国が施行している。。

シェンゲン協定加盟国間の国境検問所は撤去されており、
共通のシェンゲンビザ(査証)により各国への入国ができる。
▼シェンゲン協定実施国
シェンゲン

加盟国外の人間がシェンゲン協定国に入る場合は査証が必要です。
一般的にシェンゲンビザと呼ばれている。

『えっ??』
『私、パリに行った時いらなかったよ!!』
『俺も仕事でベルリンに行った時いらなかったぞ!!』

その通り
通常の旅行では、入国時に普通にスタンプが押されるだけなんで気付かないはず!
日本をはじめアメリカやカナダ国民はビザがが免除されているからだ。


但し、このビザ免除での滞在期間は最初に入国した日から
数えて180日の間で、最大90日間の滞在までだ。

僕達の場合最初に入国したギリシャから日数が加算され、
一度モロッコに脱出するも、それまで滞在した日数は
そのままで再びスペインに戻ると加算されていく。

で、ギリシャからの日数を計算すると・・・
どうやらこのポーランド・チェコ辺りりで滞在日数が
3ヶ月を超えてるようで・・・ということは僕達は不法滞在・・・・

シェンゲン協定国内にいれば、通常ボーダーでの検査はないので
バレない筈なんですが、たまにボーダーで抜き打ち検査なんかががある。

ビビりながらのクラコフからチェコ・プラハへの列車移動。
▼国際列車でプラハへ
シェンゲン001

列車なんでスムーズに移動と思いきや国境の駅でチェコの
ポリスマン達が乗り込んできた!

表面上は冷静を装ってパスポートをポリスに渡す。

何故か1ページずつ丁寧に見てる・・・
いくつか質問されて、最後の質問が

ポリス『出身国は?』
よ~じ『はっ??』

お前、今まで丁寧にパスポート見て色々質問して、なんだその最後の質問は??
パスポートにJAPANって、でかでかと書いてるじゃないか!!
馬鹿か?と思いながらも、そんなことはもちろん言わず
『JAPAN』と答えてあっさりパスポート返還。

こんなバカな質問するポリスが滞在日数を
数えられるわけもなく問題なくプラハに着いた。

あ~ビビって損した。

アウシュビッツ強制収容所(2008,4/20)

ナチス時代に造られた強制収容所の中で最大級の惨劇が
生まれたとされている強制収容所アウシュビッツ。

一般的にアウシュビッツと呼ばれている収容所は第一~第三まである。
この中で僕達は第一収容所と第二収容所と呼ばれているビルケナウ収容所を訪れた。

このアウシュビッツでの死者数は50万とも800万とも言われている。
そのほとんどがユダヤ人だが、その他にジプシーや政治犯、障害者、聖職者、
同性愛者、捕虜そしてそれらの人をかくまった人たちと、その出身国は28に及ぶ。

●第一収容所
アウシュビッツ全体を管理する施設が置かれたり、最初のガス室などが作られたりした。
この第一収容所はソ連兵捕虜、ドイツ人犯罪者や同性愛者、ポーランド人政治犯が主となっており、
▼有名な入り口『働けば自由になる』の文字。途中のBが逆さまになっている。
アウシュビッツ001

▼収容施設
アウシュビッツ002

▼最初のガス室を復元した建物
アウシュビッツ003

第一収容所の展示にはチクロンBと呼ばれる毒ガスに使用された薬品の展示や
生々しいものでは、死亡したユダヤ人の髪毛がありこの髪毛を使い
絨毯などを作っていた・・・・

●ビルケナウ収容所(第二収容所)
第一収容所を補うために造られた収容所。
収容者のほとんどがユダヤ人で、この収容所が映画や本で語られている
大量虐殺の舞台になったところだ。
▼死の門と呼ばれている列車の引込線
アウシュビッツ004

▼死の門の上からの収容施設
アウシュビッツ005

▼塀と見張小屋
アウシュビッツ008

▼収容施設
アウシュビッツ006

▼収容施設内 ほんとに豚小屋以下だ・・・・
アウシュビッツ007

▼毒ガス施設跡。ドイツ軍が撤退時に破壊していった。
アウシュビッツ090

この旅行で会った台湾の旅行者に言われた。
『あんな悲しいものをわざわざ見に行ってどうするんだ?』
一般的な答えだと
『人間が犯した過去の過ちと対峙して、再び同じ過ちを犯さないようにと・・・』
と、もっともらしい答えが浮かんでくる。

しかしホントか??
もっともらしい理由をつけて過去の悲劇を楽しみに行ってないだろうか?
これまでも悲劇の度合いが大きければ大きいほど興味が湧いてくる自分。
ただの野次馬と同じだ・・・
わざわざこんなところまで過去の悲劇を見に来たのかと、自分が醜く感じる。

そんな馬鹿な自分にはアウシュビッツは重かった。
負の遺産はもうお腹いっぱいだ・・・・
こんなに心が重くなったのはカンボジアのキリングフィールド以来だった。

クラクフ(2008,4/19~21)

17世紀までポーランドの首都だったクラクフ。
駅前は綺麗に整備されていて旧市街は落ち着いた雰囲気が漂う。
ワルシャワと同じ国の街とは思えない!
ポーランドは首都をクラクフに戻した方がいいんじゃないのだろうか?
滞在中に近郊のアウシュビッツにも日帰りで行ってきた。

●ヴァヴェル城
歴代ポーランド王の居城として使用されていた。
▼川沿いから見たヴァヴェル城
クラコフ001

▼シンクロ
クラコフ002

▼城内にある大聖堂
クラコフ003

▼旧王宮
クラコフ004

▼クラコクフには春の匂いが♪
クラコフ005

●旧市街
中世から街並みが変らず残っおり世界遺産にも登録されている。
◆織物取引所
織物取引所はその名の通り、ここで布地の取引が行われていた。
旧市街の広場の真ん中に建っている。
▼現在は一階部分に土産物屋が並んでいるが現在一部修復中
クラコフ006

◆旧市庁舎
以前は市庁舎があったが取壊されこの塔だけが残った。
クラコフ007

◆聖マリア教会
旧市街の広場に建つ教会外観もかっこよく内部も雰囲気があり良い♪
週末なので結婚式が行われていた。
▼レンガ造りが渋い
クラコフ013

▼こんなところで式を挙げるれるってすごい
クラコフ009

▼この祭壇はヨーロッパで2番目の大きさの木造彫刻らしい
クラコフ010

▼内装も豪華
クラコフ011

この教会の鐘楼では毎時ちょうどにラッパを吹く。
しかし、このラッパの演奏は曲の途中で突然終わる。
理由はクラクフにモンゴル軍が攻め込んできたときに
ラッパ手が警告の為にラッパを吹いたが途中で矢で射たれて
最後まで吹くことができなかった。
そのためラッパ手を慎むために途中で演奏をやめることになったそうだ。
▼こんな感じでラッパを吹いている時に・・・
クラコフ012

クラクフの街は雰囲気がいい。
訪れる前から落ち着いた街でいいとは聞いていたがホントに感じがよい。
駅前のショピングモールにはカルフールも入ってるし!!
しかし、次のプラハ行きの列車のチケットを取ってしまっていたため強制的に移動。
あ~なんでこうも居心地のいい場所はすぐに移動しないとだめなのか・・・

プロフィール

よ~じ&ナナ

Author:よ~じ&ナナ
2007年6月1日から
2009年9月17日まで
世界一周の旅に出ていました。

現在地 2015/08/29
日本・高松
転勤で四国に移動!
四国での生活を満喫中♪

旅した国◆67カ国
中国・ネパール
インド・UAE・トルコ
ギリシャ・イタリア
バチカン・スペイン・モロッコ
ポルトガル・フランス
ベルギー・オランダ・ドイツ
フィンランド・エストニア
ラトヴィア・リトアニア
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